(えーっと)
サムは部屋の真ん中で立ちすくんだ。
後味の悪い狩りの後、無口にシャワーを使った兄は、一頻りアルコールを探して広くも無い部屋の中を徘徊した後、目的のものを見つけられずにソファで不貞寝をしている。
ディーンがサムの前でタフな兄の顔をやめることはまず無いが、それでも兄にだって落ち込むことがあるのは知っている。サムがそのことに少しでも触れれば、あっというまにほんのわずかな揺るぎさえも表面に出すまいと隠してしまうことも。
だから、今サムは迷っていた。
つまらなそうにテレビを睨みつけるディーンは、珍しく見え透いた強がりの仮面を外して、素直に落ち込んでいるように見えたからだ。
今回の狩りの中、ディーンが霊に取り付かれた相手を助けたがっていたことは、脇で見ていても分かっていた。ディーンにしては珍しいほど相手に思い入れていたことも。
シャワーから出て、ぞんざいにしか拭いていない髪の毛がまだ濡れている。
グレーのTシャツの所々に雫が垂れ、染みを作っていた。
仇のようにクイズ番組の司会を睨みながら、時々もぞりと動く。何となくその仕草から、ディーンが喉が渇いているらしいということと、でも動きたくないのだろうと言うことが分かった。
(どうしよう)
ちょっと迷った挙句、サムは黙ってフリッジに向かう。中を見るとビールが数本は残っていた。
(ちょうどいい)
ディーンは最近、強い酒を飲みすぎる。ボビーの影響かもしれないが、昼間からウィスキーをストレートで飲んだりするので助手席のサムは結構ハラハラするのだ。こんな日に酒瓶があった日には、それこそ自棄のみで一晩で1本空けかねない。
栓をしたまま渡すと、突き返してきそうな気もしたので、自分の分と2本分栓を抜いてしまう。そして、
「ディーン」
となるべくそっと、でもあまり露骨に気遣っているようにも聞こえないよう(空元気の多い兄を持つと、弟は気を使うのだ)声をかけた。
ジロリと視線を寄こす兄に、黙って栓の開いたビールを1本手渡す。チラリと目が合うが、ここで下手に見つめあったりすると、
「気が効くなサミー」
とか、兄の例の調子が始まってしまうので、ディーンが口を開く間を与えずにさっさと傍を離脱した。そしてテーブルに行くと、見る気もないがPCを開いて適当なファイルを開く。しばらく不審そうな視線を感じたが、やがでディーンはサムから目を離し、また物思いに戻ったようだった。
妙な感じだ。
ディーンはとっくに読破したサイトの文を目に映しながら妙にホコホコとした気分になる自分に戸惑っていた。
狩りの事は残念だった。だがこんな時には珍しく虚勢を張らないディーンの様子が妙にこそばゆい。
ふと気がつくと、ディーンはビールを半分ほど残したまま、ソファの上で舟を漕いでいる。手に持ったボトルが今にも落ちそうだ。慌ててサムは立ち上がった。ボトルを手から取り上げ、サイドテーブルに置くが、本式に眠ってしまいそうだ。
「ディーン」
そっと呼びかけると目を開く。不貞腐れたような表情も、今の兄の素直な心境なのだろうと思うと腹も立たない。
「寝るならベッドに行った方がいい」
自分でも兄相手にあまり出したことの無い、静かな声で話しかけると、碧の目がジロリとこちらを睨んだ。
「うるせー」
眠そうな声で呟くと、ふい、と横を向く。良くあると言えばよくある反応なのだが、どことなくいつもと違った。なのでサムもいつものようなむっとした心境にもならず、常とは違う静かな声かけを続ける。
「ディーン、ほら」
差し出した手は、それこそ『つかまりなよ』といった意味合いだったのだ。
しかし、いつもと違うサムの行動には、いつもと違う兄の反応が返ってきた。
「じゃあ運べよ」
いつの間にか近づいていた肩に、兄の両手がするりと廻ってくる。それこそ『抱き上げて運べ』とねだるように。
(えええええええええええ!?)
叫んで飛びのかなかった自分がすごい、と瞬間サムは思った。
兄は酔ってるのか?と瞬間考え、誰かと間違えてるのか?と次に思い、その二つ共を打ち消した。
天地がひっくり返ろうとディーンがボトル半分のビールでそこまで酔うのは有り得ないし、立派な成人男子を抱えて運べる相手なんかそうそういない。
つまり、兄は、誰でもないサムに、自分を抱き上げてベッドまで運んではくれまいかと、こう言っている訳だ。
(どどどどどどどうしよう)
弟人生20数年、ちっとも頼ってもらえない日々から、急転直下(?)の依頼だ。
だが、サムの決断は早かった。
滅多にない兄の頼み。(やるしかない)
学生の頃、ちょっとだけ引越しのバイトをしたことがある。重いものを持つときは対角線。びっくりしたが兄がサムの首に手を回してきたのは理屈に合っていた。
「よいっ・・・・せ」
腰を痛めないように一度しっかり腰を落としてから立ち上がる。ベッドまでの距離を測り、これなら行けそうだとサムが二三歩歩くうちに、ディーンの表情が微妙に変わった。
さっきまでの拗ねたような表情から、何か不審がるような顔に、そして押し殺しているが何かひどく「しまった」と思っているときの顔になる。
「なに?」
サムが尋ねると、
「・・・・本当に運ぶとは思わなかったぜ」
とボソボソ呟く。
「まあ、いいんじゃないたまにはさ。鍛錬にもなるし」
冗談ぽくサムが返すと、ディーンが視線を落とした。自分達兄弟としても顔の距離が近く、なんだか妙な気分だ。
「よおし!」
突然、ディーンの空気が変わった。馴染み深い『アニキ』の顔になる。
「いい心がけだぜサミー。そしたらこの場でスクワット20回だ」
「ふざけんな!」
ちょうどベッドにたどり着いていたので、そのままベッド上空40センチからそのまま落とす。
ディーンはゲラゲラ笑いながら安物のマットの上で転がった。
「よしよし、ご苦労だったな弟よ。もう行っていいぞ」
ご満悦な顔でひらひらと手を振る。いつものディーンのペースだ。
「さっさと寝ろよ」
それでもさっきのディーンの表情は、珍しい兄の素の顔だったと思うので、いつものように噛み付く気にはならなかった。
「へいへい」
そう言って背を向ける兄の態度も、思いがけず素を晒してしまった照れ隠しかと思えば何となくほほえましくさえある。
サムはパソコンに戻り、ディーンはゴソゴソとベッドの上で足だけで靴を脱ぎ捨て、シーツをかぶる。
クイズ番組は終わり、テレビからはやや静かなドラマの声が聞こえる。
いつもの空気に戻ったように思えたモーテルの部屋は、二人とも黙ってしまうと、どことなく普段と違ったさっきのやり取りの余韻を残している。壁を向いてしまった兄の背中を見つめながら、サムは何となく胸に残る先ほどのくすぐったい感覚を楽しんでいた。
END
そしてもちろん読み違えたアニキは壁を向いてやべーやべーーと汗たらたらであると。
本日の一発書きはネタ元H様に捧げまーす。ヒツジノノイズ様掲載のサミ誕話のアニキとサミのやり取りに萌え萌えなんでございますよ!