部屋に帰って荷物を置いた後、黙りこくったと思ったらにっこり笑って腕を回してきた弟に、ディーンはため息を押し殺した。
(あああああやっぱり出た)
ボビーが最近さっぱり相談に乗ってくれないので(あれは絶対にエレンに影響されている)、ディーンはサムの呪い再発を防止するため、孤独な試行錯誤を繰り返している。
今回の仮説は「普通の状態で満足度が高ければ呪いの再発は防げるんではないだろうか」だったが、やっぱりだめだった。しかも誕生日ぎりぎりに夫が出てきた。
やっぱりさっきのレストランがまずかったんだろうか。そろそろ財布が寂しくなってきたので、割引かドリンクサービスでもないかと聞いてしまったのがまずかった。きっとあれが兄には隠して見せないサムのイベント大好き心を刺激したのだ。
大体自分も自分だ。厄介な仕事の後、十分に金がある状態で海辺のリゾート地の骨休めだ。ちょっと考えただけでも最高だ。
例えナイスバディのおねーちゃん達と遊べない点をさっぴいてでも、楽しいことは山ほどある。隙間風の入るようなボロモーテルで、二人きりの待機時間とは訳が違うのだ。
だというのに、こうしてでかい弟がひっついてくればやっぱり妙に力が抜けてもたれてしまうというのはどうなんだ。ここは「汗くせえ」とか「暑苦しい」とか「うっとうしい」とか思うのが筋じゃないのか。
ぐるぐる考えているうちにいつもマイペースな夫モードのサムは、耳元でなんのかんの言っている。適当な返事をしていたら、なんだか妙に力をこめて、
「ディーンのためにクリーンな金を」
とか言い出した。
なんだどうした。どこの候補者だお前。兄ちゃんは金なら出所がどこだろうと差別しないぞ。その分普段苦労してるじゃないか。自分の仕事に自信を持て。
そーだなー、湯が十分出るモーテルに泊まれて、分厚いステーキ食えるだけの金があったら最高だ。
ともあれ今は腹は一杯、酒もほどほど、陽気な店から帰ってきた部屋は暖かい間接照明で快適だ。
目元やら髪やらにさっきから繰り返しキスが落とされているがなんかもう今さらだ。誕生日の奴を殴るのもなんだし、出てきてしまったからには弟に早く戻すためにも満足はさせないといけないし。
ぼんやりしていると、密着していた身体をそっと離してサムが視線を合わせてきたのでディーンは微かに緊張する。
意外に密着している時は、それ以上何もしようがないので危険が少ないのだ。
「あのさ、ディーン」
「・・・なんだよ」
「あの布袋、ほんとに助かったよ」
「・・・・・・よかったな」
「だけどまだ誕生日だよね。もう一つだけプレゼントをねだってもいい?」
「・・ものによる」
いかに誕生日でも、最終ラインは死守だ。誰がなんと言おうと、意味があろうとなかろうと死守だ。
眉をしかめてせいぜい厳しい顔で言ってやる。だいたいプレゼントを2個も欲しがるなんて、ウィンチェスター家の男にあるまじき強欲さだ(たとえ1つ目が布袋でも)。
「1分間だけ、じっとしててくれる?」
サムの表情は笑うでもなく、読みづらい。
1分。微妙だが無害といえば無害だ。
「・・・まあ、いいけどよ」
用心しつつディーンが言うと、ちょっと目元で笑って予想通り顔を近づけてきた。
1分の使い方は予想通り。想定外だったのは自分のキスへの弱さだ。
こいつ絶対に今までのどこかで時間を計ってたに違いない。60秒きっかりで離れなければと思って数えていたのに、数えられたのは30秒辺りまでで、そのあたりからくらくらして何秒か分からなくなった。我ながらひどい。
最後の店で飲んだテキーラの香り、上顎の裏をなぞる感触。首の後ろを固定する長い指。次第に与えられる感覚に意識の大半が占められて、覚えがありすぎるほどあるぞくぞくした感覚が、背筋を駆け上ってくる。
やばいやばいやばいやばいやばい。
1分経ったら、サムから離れてくれるんじゃないか(クソ真面目な性格を期待したい)。
そう思いつつ、ちょっと足がよろけてサムのシャツに掴まると、腰に回された腕に力が入った。
(アラームかけときゃよかった)
時間について考えられたのはそれが最後だ。
1分間過ぎたら動いてもいいだけで、接触を止めるなんて言っていない事に気づいたのは残念なことに日付が変わったあとだった。
ちゃんちゃん
兄貴の意志力と夫サミーの律儀さの顛末は想像で~~(要は何も考えていない)どうなんでしょうねえ、止まりますかねえ・・・(無責任)
まことにどうでもいいオマケでした。