「ラッキーだな」
狩りが終わって町を離れる車の中で、ディーンが言った。
「何が?」
応えるサムの声はやや疲れて不機嫌だ。ヌメヌメした狭い通路を散々行き来したあげく、最後は危うく魔物と一緒にバーベキューになりかかったのだから無理もない。それでもディーンの気楽な言葉にキレないのは、鼻歌を歌いながらハンドルを握る兄の方も、自分とどっこいどっこいの状況だったのを知っているからだ。
ディーンはいつも気分の切り替えが早い。明らかに無理をしてでも、狩りが終われば暗く哀しい悪霊の顛末などをどこかにしまいこみ、さあ飲もうぜ遊ぼうぜサミーと笑う。
「お前の誕生日前に片がついた。何日かどっかで休もうぜ。選ばしてやるよ、どこがいい? 海か?山か?カジノか?」
幸い懐も暖かいしな。
兄がはしゃいだ声を上げるのは、まんざら演技でもなさそうだ。今回は珍しく依頼主のいる仕事で謝礼を受け取っていた。それもがっちりと。
「どこでもいいよ、ゆっくり寝られれば」
だがあいにく兄ほど切り替えが早くないサムは、急にバカンスだと言われてもその気になれない。
うんざりしたような声にも一向にめげる気配もなく、兄はケケケと笑った。
「よーし、兄ちゃんにまかせとけ。お前みたいなタイプが大好きなマダムがカジノ付きのホテルもやっててな・・・」
「海にしてくれ海に!」
みえみえのからかいとわかりつつ叫んでしまうと、オーケイ、と兄はまた笑った。
そして地図を見るでも方向転換をするでもなくそのままアクセルを踏み込む。
「・・・なんだ、始めから海に向かってるんじゃないか」
何となく拍子抜けしながら呟くと、
「兄貴だからな」
と訳のわからない返事が返ってきた。
サムはそれほど贅沢を好む方ではないが、仕事の後の休養に資金がたっぷりある状況というのは確かに気分が良かった。しかも後ろ暗いこともなく、労働への報酬としてもらった金ならなおさらだ。
二人は海辺のリゾートに着くとモーテルではなくそこそこのホテルに宿をとり、まずは1日ひたすら眠った。次に町に出掛けて服を何枚か新調する。狩でいい加減ぼろぼろだったこともあるし、森林地帯向けの厚手のシャツが、この海辺の町ではいかにも暑苦しく浮いて見えたためもある。
「そういうカッコするとまだ学生みたいに見えるなお前」
明るい色のTシャツを着たサムを見てディーンが笑った。小道具にサーフボードも買ってやろうかと言ってくるのを無視する。
「ディーンもまさに遊ぶ気満々のただのにーちゃんに見えるよ」
嫌みのつもりで言ってやったが、我が意を得たりとばかりにニヤニヤ頷かれて拍子抜けする。
一年中温暖だというこの地域は5月だというのにもう泳げそうだった。町の店を冷やかしてまわり、浅く暖かい波が打ち寄せる浜辺をぶらぶら散歩した。暑くて汗が止まらないサムも、水着の女性たちに盛大に鼻の下を伸ばすディーンも泳ごうと言い出さないのは、先日の狩でまた増えてしまった生傷が理由としては大きい。だが、こんなにも肌も露な女性が多い環境にいながら兄が鼻の下を伸ばす程度でそれ以上のことをしようとしないのはサムにとって意外だった。
少し前の一時期からは考えられない。あの頃サムは嫌み半分に「発情期か」とディーンに文句を言ったものだが、まるで本当にシーズンが過ぎ去ったかのようにある時期からピタリと兄の女遊びは止まった。自分の苦言の成果でないことだけは明らかだ、とサムの中では謎のまま残されている。
ともあれ今は休暇だ。二人は数日をぶらぶらと過ごした。
あちこちで売っている小ぶりなライムをビールや酒に絞りいれる飲み方はディーンの気に入り、サムはジャンクフードまみれの食生活の救世主だと、その緑の小さな果実をなん袋も買い込む。
「どーすんだよそんなに」
と呆れるディーンに、
「インパラに積んどけばいいだろ!」
と歩きながら反論する。
「それ積みに戻るのかよ?」
と言われて気づくと、車はホテルに停めたまま、夕食のレストランを物色しに来ていたところだった。頼りない紙袋を抱えてさすがに一瞬途方にくれたサムだったが、その肩をディーンが叩き、慈愛に満ちた表情で言った。
「よしサミー、今日はお前の誕生日だ。兄ちゃんがプレゼントに布袋を買ってやろう」
「手抜き過ぎるだろうそれ!」
思わず叫んで抗議したが、兄はゲラゲラ笑いながら素早く姿を消し、腹が立つほどあっという間にいかにもみやげ物っぽいペラペラの袋を目の前につきだす。
「Happy Birthday、我が弟よ。俺からのプレゼントだ、大事に使ってくれよ」
「ムカつく・・・」
言いながらも兄が満面の笑みで広げる袋に、ライムの紙袋を次々に放り込むと、確かにぐっと動きやすい。
「・・・ここ数年で一番役に立ったプレゼントかも・・・」
思わず呟くと、
「そーだろう!」
とまた笑う。なんだかディーンは良く笑うな、と思い、自分もどうやらそうであることに気がついた。
終わらせた狩がうっそうと茂った森の中だったせいもあるだろう。太陽の光が燦々と降り注ぐビーチは確かに気分転換になり、そして誕生日だということが何となくいつもの狩りの合間の休憩とはサムの気分を違うものにしていた。
なんだろう、ひどくフワフワと浮かれている。
『夕食に何を食べるか』が、今日ディーンと交わした一番深刻な話題だ。
ディーンは通りすがりのレストランにワニ肉ステーキの看板を見つけた瞬間に「これを食おう!」と叫び、サムはネットで検索した口コミランキング1位のシーフードレストランに行きたいと譲らなかった。結局、
「だって僕の誕生日だろ!」
というサムの主張をディーンがしぶしぶ受け入れて、普段の食生活からは有り得ないことだがしばらく入店待ちの列に並んで席に着く。
「こいつ今日が誕生日で」
とディーンが店のスタッフに告げると、にっこりと微笑んだスタッフは一度奥に下がり、少ししてから花火を刺したケーキをサービスで運んで来る。そしてでかい男二人のテーブルをにこやかに数人で囲むと、手拍子を取りながらバースデイソングを歌ってくれた。
なんだか無性におかしくて、サムはけらけらと笑い、それからふとこの光景を知っていた気がして考え込んだ。
まさかあの父がこんな風に誕生日を祝ってくれたわけはなし、テレビででも観たのだろうか?思いつつ視線を上げるとディーンが少し浮かれた表情を消してこちらを見ていた。が、サムと目が合うとニヤリと笑う。
「どうした、サム?」
何となく、探りを入れられているような気がしたが、別段知られて困ることもない。
「いや、何となくこのサービス知ってる気がして・・」
と出てきたパンを食べながらモゴモゴ言うと、
「そりゃそうだろ。やったことないが俺だって知ってる」
とディーンは鼻で笑った。そしてそれきりその話題には関心を無くしたらしく、バースデークーポンとかありゃよかったのになー、と言いながら、一心に海老の殻をむき始めた。
「まあ、そうだよね」
せっかくの熱い料理が冷めるのももったいない。例によってハムスターのようにどんどん頬張る兄に食い尽くされる前に、サムも運ばれた料理に手を伸ばした。
たらふく食べて外に出ると、街全体がすっかり夜の歓楽街だ。今度こそディーンが浮かれてどこかに行くに違いないとサムは何となくげんなりするが、その後また街を歩きながら見つけたパブでちょっとしたライブを見た後、結局日付の変わる前に二人で一緒にホテルに帰ってきた。
本気で驚くサムに、かえってディーンの方が不審そうな顔をする。
「なんだよ」
「いや・・・ディーンがこんな街で遊びに行かないなんて珍しいと思ってさ」
荷物を降ろしつつ思わず脳内の疑問をそのまま口にしてしまい、一瞬しまったと思うが、サム以上にいつもと違うディーンは、ちょっと笑って、
「まあさすがにヘビーな狩りの後だしな」
と呟いた。
普段と違う服で笑う兄は、なんだか別人のように見えてサムは不思議な気分になる。
いつもなら泊まらないような部屋。
いつもなら着ないような服。
いつもなら有り得ないほどよく笑う自分たち。
何となく現実感が薄れる。ぼんやりした意識の中で、笑う兄に腕を回したような気がした。
おかしくは無いはずだ。兄弟だし、ハグくらいする。
目を少し見開いたディーンが、仕方がないなというように笑う。そして頬に感じる髪の感触。
腕の中の体温が小さく笑いに震え、その振動が愛しくて、回した腕に力をこめた。
ぐえ、とディーンが呻くのに、ごめんと呟く。寄せた唇に触れる睫毛の感触がいつもながら好きだと思った。
「ありがとう。最高に幸せな誕生日だ」
そう言うとまたディーンは笑い、ポイントは謝礼つきの狩だな、と呟いた。願わくば俺の誕生日前にも悪霊に困ってる富豪に会えることを。
「任せといて。富豪無しでもディーンが堂々と使えるクリーンな資金を作って見せるよ」
ここは甲斐性の見せ所だと、髪を撫でつつ力強く約束すると、色々気にしなさ過ぎるパートナーは、
「俺は別にそこまで出所にこだわらねえけど」
と胸の中で呟いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ぱちりと目を開くと、太陽の光が眩しい。
「やっと起きたか」
髭を剃りながら兄が洗面所から顔を出す。
「・・・・・あれ?」
ベッドの上に起き上がり、ぽりぽりと頭を掻く。
「シャワーすんならして来いよ。チェックアウトまで時間ねえぞ」
言いながらディーンはまた洗面所に入ってしまう。
「・・・・・あれ?」
サムはぼんやりと大きく開いた窓から外を見た。
明るい日差し、空と海。
昨日と同じ、非日常的な海辺の町。
テーブルに転がる、ライムの実。
どことなく残っている昨日のフワフワとした幸福感を反芻しつつ、曖昧なあれこれはとりあえず保留の棚に置いて、サムはゆっくりとシャワーを使いに立ち上がった。
END
てなわけでHappy Birthday サミー!!!
限りなく一発書きだけど、やはり当日にも何か上げねば!
ちょっと弟サミー復権プロジェクト(なんだそりゃ)気味でした。
(いや、ふーふはそういう趣旨じゃないから)