誕生日のことに触れると、不機嫌そうにひそめられていたディーンの目に、みるみる膜が張った。
いつも思うが、兄は生粋のハンターであるわりに感情過多で、しかも表情を隠すのが下手だ。
サムがサム本人であることを、どうしても受け入れたくないらしいディーンは、なにかのはずみで彼の中の『小さいサミー』の思い出を掘り起こしてはこんな顔をする。
本人の目の前でやる辺りがおかしいと思わないのだろうか。今も瞬時に誕生日がらみの追憶に浸り出したらしく、目を潤ませたまま固まってしまった兄は、痺れを切らせたサムが目の前に顔を近づけても反応しない。
息がかかりそうな距離の兄の顔。
微かに開いた口元を、少し見詰めた。
魂が欠ける以前、兄に
『何か欲しいものあるか?』
と言われるたびに、
『あんたにキスしたい』
と言いそうになるのを必死に堪えた。
目の前にある少し乾いた唇。その感触はもう知っている。
したければできる。
あの頃恐れていたことは杞憂だった。サムが実の兄にキスをしたところで、兄は彼を軽蔑もしなければ(されても今は別に支障ないが)、側から消えもしない。
誕生日など祝われたところで嬉しくもおかしくもないが、家族を捨てて大学に行っていた頃でさえメールやメッセージを送りつけてきた兄が、こうして家業を一緒にする本人が目の前にいるというのにまるで無視してくれるという状況が気にくわなかった。
一声かけて反応がなかったら、あの頃夢想していたようにキスでもするか。
それともあのバサバサした睫毛に触るのでもいい。
そう思いつつ口を開く。
「あのさ」
するとディーンは驚いたように目を見開き、実に気のない祝いの言葉をよこした。
それでも無視ではなくなったので一応気は済む。
大してしたくもないキスをして怒らせる必要もないので、作業の続きをしようとテーブルに戻った。
椅子に座って兄を見やると、兄も中断していた弾作りの作業に戻っていた。サムからは横顔が見える。
濡れているらしく、伏せた睫毛にモーテルの室内灯が反射して光る。
濡れた睫毛の感触がふと気になった。
確かめれば良かった。
今からでも兄の所にもう一度行って、触れてみてもいい。
黙々と塩を固めて弾を作り続ける兄の横顔。
ここにいる自分を通り過ぎ、地の底の魂にばかり向けられているその目をこちらに向けさせよう。
サムは準備を終えたテーブルを片付け、ゆっくりと立ち上がった。