ぽかん、と目を開けた。
部屋はまだ薄暗い。カーテンの隙間からかすかに差し込む色で、夜が明けかける時間帯だと分かる。
胸と背中に暖かい感触。
窓の外を見ていた視線を、腕の中に落とす。
癖のあるブラウンの髪の毛。すっと通った眉。つんと尖った鼻筋。
サムは穏やかな顔で眠っていた。
いかに子どもの頃からの付き合いだとは言え、寝顔を見る機会はそうそうあるものではない。髪に盛大な寝癖をつけて、すうすうと寝息をたてている幼なじみの顔を、ディーンはしばらくぼんやりと見詰めていた。
そのまま、また眠ってしまったらしい。気がつくと盛大にニコニコしたサムの顔が目の前にあった。朝の陽がカーテンを透かして、端からチラチラと明るい光が洩れている。
「おはよ」
「・・・ああ」
目元をくしゃっとして笑う顔は子供の頃と同じだ。本人に言ったことはないが、ディーンはサムのこの顔が結構好きだった。ぼんやりしているとサムの顔が近づいて来て、軽い音をたてて唇にキスが落とされる。
なんだそのオンナノコにでもするような甘ったるい態度は?と思い、ああ、もしかしてこいつの中では似たような認識なのかも、と思い直した。
クリスマスだの誕生日だの、特段の事情はないけど離れがたい夜だの、何度かのチャレンジと失敗を繰り返して、初めて一緒に迎えた朝だった。触れ合いからじゃれあいに、そしてなぜかプロレスになった攻防は、優勢な状況だったディーンがサムの必死さについほだされて位置を譲り、そのあとは我慢大会(参加者一人だが)になった。
これまでの恋愛ではあり得ないあちこちの痛みも、サムのひどく幸せそうな顔をみると「まあいいか」と思えてくるから我ながら終わっている。
次は絶対譲らないが、サムに昨日のような痛い思いはさせまい。
ディーンが次回に向けて決意を固めている間に、サムの手は髪を梳き、首を辿って肩に回る。引き寄せられるまま身体を寄せると首筋が触れ合うのが心地良い。でかい身体が懐いてくるのがなんだかおかしくて、その背に腕を回して抱きしめた。
くるんと撥ねた髪。サムの匂い。
唐突に愛おしさが込み上げてきて、髪に指を入れてぐしゃぐしゃと掻き回す。
「わ、止してよ」
抗議する声も角がなく甘ったるい。
「起きる?」
「そうだな」
だるい身体を動かして階下のキッチンに降りる。
サムを泊まらせたこと自体は初めてではない。だけどなんとなくそわそわしながら、
「コーヒー入れる?」
と聞いてくるサムは、やはりふわふわと幸せそうに浮かれていて可愛い。見ていると何となくつられてくる。
「ん」
頷いて笑うと、サムがみるみるうちに見事に赤くなった。
ディーンはちょっと呆気にとられ、さらに笑いの発作に襲われる。
「笑って落とさないでよ、ほら」
サムは少しふくれながらも本気で怒った様子でもなくコーヒーのマグを手渡してくる。サムの好みで濃い目に淹れられたそれをゆっくり啜りながら、何も用事がない今日の過ごし方を思った。
日もだいぶ登った明るいキッチンで、サムが笑っている。
幸せだな、とふと思った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
どうしよう。どうしろって言うんだ?
サムの頭はさっきから沸騰寸前だ。というか沸騰しっぱなしかもしれない。もしもサムの頭がケトルなら、目が覚めてからずっとピーピー鳴っているだろう。恋をすると世界が変わって見えるとか、初めて恋人と過ごした後の女の子は驚くほどきれいになるとか。迷信のような慣用句のようなそれらがさっきから頭に浮かんで離れない。
たぶん、いや絶対に自分では気づいていない年上の恋人は、起きてからこのかた、普段のタフガイでマッチョな兄貴的態度をどこに置いてきたのあんた、と聞きたくなるほどふわふわぼんやりして、語弊はあるが、ひどく可愛い。差し出した手を素直に取ってくれたので、なんとさっき二人は手をつないでキッチンへの階段を下りたのだ。
今までだって愛されていることの自覚はあった。
だけど、常に彼が周囲に張り巡らしている何かが消えている今この瞬間の、ひどく無防備な姿を見せてくれていることに叫びだしたいほど嬉しくなる。
抱きしめて、死ぬほど可愛いと言って、顔中にキスを降らせて、ついでに抱き上げてクルクル回りたい。
だけど「可愛い」なんぞと口にした瞬間、眉間に皺が寄って、普段の彼に戻ってしまうことが何となく分かるので、サムはずっと(可愛い可愛い可愛い可愛い)と脳内で絶叫するに留めている。
さっきからディーンがこちらを見る目もどうもそういう『可愛いものを見る目』になっているのだが、ディーンは普段からそんな目を時々するので口にさえしないでくれればこの際構わない。
コーヒーを入れようかと言ったら、注文も文句も無く、サムにまかせきった様子で「ん」と頷いた。思わず見直した顔は光の加減で長すぎる睫毛が影になって、とにかく色々と、色々と強烈だった。一瞬『抱き上げてクルクル』を敢行しかかり、精神力を総動員して堪えた。総動員の甲斐あって、笑い出したディーンはまだ無防備モードのままでいてくれている。
ブラックを好むディーンの為に、濃すぎない程度にコーヒーを落とす。手渡すとディーンは小さく礼を言い、そのまましばらく二人とも黙ってコーヒーを飲んだ。
「正に夜明けのコーヒーだ」
気が抜けたのか、うっかりサムが脳内の呟きを声に出すと、
「とっくに朝だろが」
と、低い声が突っ込んでくる。カフェインによってついに兄貴気質も目覚めたらしい。だけどそんな彼もやっぱり好きで、
「まあね」
と逆らわず呟くと、今度は年上らしく眉を上げたいつもの笑顔が返ってきた。
恋人の家で、二人で過ごす朝。そして今日は休日だ。
幸せだな、と小さく呟いた。
おしまい
はい!これまた山もなく意味もなく落ちもなく!!
それでもずっと書きたかった最初の朝のお互いを「可愛いなチクショー」と思ってるでかい男二人の光景でした~
そしてこれが書けると次の書きたいが5年後の「彼(ディーン)が出て行った夜」なんですよねー。頑張れ脳内整理整頓係!いるのかいないのかもわかんないけど。
ここまでバカップルの脳内のろけを読んでくださってありがとうございますー