「怒ってるのディーン」
怒っているとも。
ディーンは黙って上着をベッドに放り投げた。
人が散々苦労して呪いを解いてやったっていうのに、ボコボコぶりかえして好き勝手しやがって。
サムが店の中で「夫婦なんだ」とのたもうてくれた後、静まりかえった店内で周囲の視線を痛いほど感じながら、ディーンはグラスに残った酒を一息に飲み干した。
そして隣のでかい男を放置して店を出た。車で来ていたら絶対に置き去りにしてやったのに残念なことに徒歩だったので、歩いているうちに追い付かれた。
二人は並んで黙々とモーテルまで歩き、現在に至るというわけだ。
「僕たちが夫婦だって、人に知られるの、嫌なの」
「ああ」
言うとサムの眉が悲しげにひそめられるが、ここは譲るわけにはいかない。
「嫌じゃない」なんて言ったが最後、夫が出てくる度に言い触らされて、二度と行けない町が増えてしまう。
サムというのは弟だろうと夫だろうと、甘い顔をすればしただけ付け上がって要求が増える生き物なのだ。
もう呪いの反動で死ぬことはないのだから、たまには叩いておかないとこちらの身がもたない。
「休暇は終わってるんだ。外でまでべらべら言うんじゃねえよ」
ゲイに間違われるのはよくあることとしても、万が一にもサムに呪いの最中のことは気付かせたくなかった。
実の兄とどーたらこーたら、なんてそれこそ正気のサムが知ったら憤死しかねない。
「ベタベタ触るのも無しだ」
外でなければスキンシップは構わないのだが、線引きがめんどくさいので一括で切り捨てる。
またスカスカするだろうがこの際いいのだ。本来自分達兄弟はそーゆー距離なのだ。
文句があるなら言ってみろ、と睨み付けてやるが、弟と違って夫はキーキーブリブリ怒り出しはしなかった。
「ごめん」
いきなり謝られてぎょっとする。
「外で言われたくないのにさっきみたいなことをしたら、ディーンが怒るのも当然だ」
「・・・おう」
夫の時のサムはこの辺の反応が弟の時と違う。
「外で夫婦だって人に言うのは止めるよ」
ディーンは黙って頷いた。
「あのさ」
言いながら腕が回ってきたのを叩き落とす。しょぼん、とみごとに顔だけで表現してサムが続けた。
「ディーンが言っているのは他人の前でのことだよね。二人の時はいい?」
叩き落とされた直後にめげない奴だ。
「休暇は終わったって言ってるだろう」
「だからもう一緒に寝ないの」
「そうだ」
「僕を嫌いになったわけじゃなくて?」
「・・・そんなことは言ってねえだろう」
ここで嘘でも「嫌い」とか言えない辺りが兄という生き物の悲しいところなのだ。
「よかった!」
サムはパッと表情を明るくする。そしてどさくさまぎれにディーンの身体をぶっとい腕で抱き寄せる。
「・・のやろ!」
頭をはたこうとするが、素早く逃げられた。おまけに、例の目元をくしゃっとさせる笑顔を浮かべるので、ディーンは追撃をし損ねてしまう。兄というのは例え勝手なことを言われても、弟がニコニコ幸せそうに笑っていると追撃できない可哀想な生き物なのだ。
結局話はそこまでになり、何のことは無く平和に就寝時間となる。
おかしい。
たまにはビシッとバシッととシメてやるつもりだったのに、喜ばれて終わってしまった。
悩みながら歯を磨いていると懲りないサムは通り過ぎざまに旋毛にキスを落としてきた。
「てめえまた・・・!」
ディーンが眉を吊り上げて振り返ると、
「部屋の中だからいいよね」
と笑って先に自分のベッドに入ってしまう。
おかしい!
外で夫婦であることを黙らせるという目標は達成したのに、この敗北感はなんだ。
ディーンはしばらく鏡に映った自分を見ながら悩んでいたが、特にいい答えも浮かばなかったのでさっさと寝ることにした。
歯ブラシを口に突っ込んでいるせいか、我ながら迫力の無い顔ではある。
きっと全ては自分が兄という生き物であるが故なのだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
幸いというかなんと言うか、翌朝サムは弟に戻っていた。
「えーと、この町には何しに来たんだっけ・・」
「寝ぼけんなよ。前の町が空振りだったから移動してきたんだろーが」
「あ、そうだったね」
「何か目ぼしいネタあったのか」
「起きたばかりの僕に聞くなよ。・・そっちこそ何か見つけたの?」
むっとした顔でベッドに座り込む、その姿にニヤニヤする。
よくぞ帰った。我が怒りっぽい弟サミーよ。
「実は昨日酒場で妙な噂を聞いた。朝飯食いがてら移動するぞ。ほれ、着替えろよサミー」
「急かすなよ!」
シャツを放り投げてやると、寝癖頭にしかめ面で着替え始めた。
「チェックアウトしてくるから支度しとけよ」
言い捨ててフロントに向かう。噂などなにも聞いていないが、サムをこの町の人間となるべく接触させたくなかった。
部屋に戻るとサムは荷造りを終えていたが、さっきよりさらに機嫌が悪い。
「どうした」
「あれ何?」
顎をしゃくる方に視線を向けると、例の花束がモーテルで借りたバケツに突っ込んである。
「何って、お前届いた時いたじゃねえか」
肩をすくめて見せると、眉と目尻がぎりぎりと見事につり上がった。
「なんでこんなトコにまで持ってきてるんだよ!」
「そりゃお前、どっかの美女のせっかくの愛のしるしをだな・・・」
「絶対男だって言ってるじゃないか」
「男が男にバラなんか贈るかよ。大学は馬鹿になる教育すんのかサミー」
「女性から男にだって贈らないよ」
「現にあるだろうが」
「あの詩の感じは男だってば」
「俺が知るかよ、イタリア語に性別感じ取るのなんざてめーだけだ」
ぎゃあぎゃあ言い合いながらフロントを通り抜ける。
昨日より格段にうるさい二人の様子に、フロントの男がちょっと目を丸くした。
「・・・持って行かなくていいのか」
インパラのドアを開けながら、ぼそりとサムが言った。
「ああ?」
ドアを閉めながらディーンが聞き返す。
「ディーンへの愛の証なんだろ。持って行きたいんじゃないの」
運転席の方は向かずに、前方を睨みつけながらぼそぼそとサムが言う。
「ディーンが持って行きたいなら乗せればいいだろ。後ろ空いてるんだし」
「あ?さすがにもういーだろ」
ディーンはサムの言葉を遮るように言って、エンジンをかけた。
「ふうん・・」
ちらり、と視線を向けた後、サムは一つ息をついてシートに座りなおす。
朝食はサムの好きな菜っ葉のありそうな店にしてやろう。ずっと弟でいるように。
ディーンはそう思いながらアクセルを踏み込んだ。
おわり
そしてこの後兄貴は、やたらと女の子と意識して遊ぶようになるんだよきっと。
そしてもちろん菜っ葉を食べただけでは効果がないから夫はまた来るんだよ・・・
T師匠の「なんだか色々夫に開発され済みの兄貴」というコメントに耳から血が出るかと思いましたよ!そーか、開発済みだから兄貴大変なんだ・・・