スタンフォード出のインテリ。
趣味はゴルフ。
生涯最悪の事態はリーマンショックによる株の暴落。
サスペンダーは必ずネクタイと色を合わせているので10色以上。
持っている服の9割方がストライプ。
ちくちくする化繊が苦手な過敏症。
性的嗜好はストレートよりのバイセクシャル。
「さて後はなにを付け加えればいいものか」
ディーン・スミスの上司であるザカリア・アドラーは、デスクに座って電話中の男の後ろに立って呟いた。
会社の重役に至近距離から覗き込まれているというのに、短いダークブロンドのビジネスマンは一向に気づく様子もなく、電話相手との会話に笑い声を立てている。
-------------- 今度食事に行こう、いい店を見つけたんだ。
自分の頭や容姿に自信を持ち、少なからず鼻にかけていることを隠そうともしない人間。
「実は犬が怖いとか」
ゆっくりと、今度はメールを打ち始めた男のデスクを回り、横顔を覗き込む。
確かに形だけは悪くない。特に顎のあたりの線は。
人間の器はどれもこれも臭く、脆く、弱い。
だが、あの方がこの地に降り立つ時にはどれか一つは使わなければならないとしたら、これであっても良いだろう。細すぎるのは彼の趣味では無いが。
「被虐趣味があるというのは?」
少し考えてみて、気に入る。しかも、肉体的にではなく精神的な被虐に弱いことにしよう。
まだキーボードに屈みこんでいるその額に指を伸ばしかけた時、入り口からぼそぼそとした声がした。
「そのような必要があるのですか」
立っているのは部下の一人だ。これまたぱっとしない器を、何が気に入ったのか大分痛んでいるというのに使い続けている。
「狩が彼の本分であることを知らしめるのに、何故そんな趣味であることが」
「知らしめるためにだ、カスティエル。せっかく手ごろな幽霊のいる場所に送り込んでやったのに、彼はまだ自分の本分に目覚めない」
「しかし」
「血縁であることを忘れさせたら、出会って数日も経たない内に兄弟で罪を犯し、揃って狩よりも互いのことで頭が一杯だ。全く度し難い」
「ではそれは懲罰ですか」
「調整だ。被虐趣味も彼の奥底にあるものだ。ハンターとしての生活では気づかずに済んでいる」
「彼が気づいたとき、その記憶を我々天使が作り出したと知れば、彼はさらに反抗的になるでしょう」
「目覚めた時に、ハンターとしての生活に戻りたいと思わせなくてはならないのだ」
部下は愚直に繰り返す。
「彼が我々に従いにくくなります」
彼と部下のやり取りにも気づくことなく、メールを送り終わった男は、デスクの横でささやかな運動として足の屈伸に励んでいた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
携帯のアラームが鳴り、オフィスのソファで横になっていたディーン・スミスは小さく唸りながらゆっくりと起き上がった。
昼食後に15分。もっとも効率の上がる仮眠の取り方だ。仮眠の前にカフェインを摂っているとさらにいいらしいが、デトックス中なのでそれは断念した。同僚の話だと、通り沿いには休憩中のビジネスマンを狙いにした仮眠スタジオまであるらしいが、それはもう少し仕事に余裕が出来てからの楽しみにする。
伸びをして、暗くしておいたブラインドを開ける。見下ろす大通りには人と車が溢れ、さんさんと照りつける日の光が仕事時間はまだまだ続くことを示していた。
午後にはマーケティング部のミーティングと、大口顧客への対応がある。余分なことをする時間はわずかしかない。
手早くアタッシュケースを開け、クリアファイルを取り出す。
昨日サム・ウェッソンが持ち込んできた行方不明事件。推測が当たり、12年前、16年前、20年前にも同様の事件が起きていたことを示す新聞記事だ。ネットから確認できる以外の情報を調べると言っていたウェッソンは、終業後に本当に図書館に出向いて調査をしたらしい。
ベラと過ごしたホテルから直行したおかげで6時前にオフィスに着いたディーンがワイシャツとタイを替えているところに、ファイルを抱えて入ってきた。
「早いな」
「あんたも」
ウェッソンは昨日の『先約』に気づいたらしくちょっと眉を上げた。何か言われたら撥ね付けてやるつもりで視線をやるがあっさり流され、
「これ、見ておいて」
とだけ言って出て行った。
始業前のため、いつもの黄色いユニフォームではなくチェックのラフなシャツにデニム姿だった。何となく気になるその姿の残像を振り払い、ファイルに意識を戻す。もう昼休みはあと20分しかない。
20年前の記事に至っては名前だけは知っているマイクロフィルムからの写しだった。ウェッソンの粘着的なまでの情報収集力に思わず小さく口笛を吹いてしまう。
ファイルを見て行くうちに沸き起こってくる衝動がある。
現場を調べる必要がある。
関係者の話を聞かないと。
警察の調査で何が分かっているのか。
現場のビルの所在地を調べると、車で日帰りできる距離ではある。
ウェッソンがそこまで考えてこれを持ってきた可能性を考えるといささか面憎くはあるが、別の州の事件だったとしたらまず関与不可能と割り切っていたのは間違いない。
ここで座っていてもどうにもならない。
カレンダーを見やる。ウェッソンはこれまでのパターンでは週に1度のペースで人が消えたと言っていた。週末の休みを潰せば、2回目の行方不明が出る前に現場に行けるかもしれない。
気づけば昼休みは終わっている。
ディーンはビルから無理矢理意識を引きはがし、ミーティング資料を取り出した。
てなわけで、知らぬ間にピーな趣味を植えつけられるところを何とか免れたらしいスミスさんでした。
天使はその気になれば器使ってても見えなくなれるということで!
そしてまた今日も続きはじぇんじぇん考えていない私であります・・・