[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
いい季節だ。
クレイは声にださずに呟く。最近は朝晩の冷え込みがひどく、部屋履きがあっても足に伝わる冷気は痛いほどだ。今日は風も強いのでさっきから窓がガタガタうるさい。
幸い秋の間に補強と詰め物をしたので、隙間風は入ってこない。
半身を起こしたクレイの隣で、トムがもぞりと動いた。
布団の隙間から空気が入って寒かったらしい。クレイがまた横になり毛布の中に戻ると、温度を追い掛けるかのように身を寄せてくる。
冬、万歳。
寒くなってからこっち、体温の高いクレイは起きているトムにも眠っているトムにも愛されている。パソコンに向かう背中に抱きついても、テレビを見ながらソファーで肩を抱いても嫌がられない。というか、ソファーなどで並んでいる時には、無意識に暖を求めてかトムがくっついて来ることすらある。
冬が永遠に続けばいい。
いや、むしろ年中寒い地域に移住したい。
クレイの胸に顔を擦りつけながら落ち着く場所を探しているトムを起こさないように、ゆっくりと腕を回す。ほくほくしながら寝癖で跳ねる髪に顔を埋めた。
枕元に置いた目覚まし時計が、ピ! と耳に障る電子音を立てかける。腕を伸ばして瞬殺した。
あともう少しだけ、この幸せを満喫したい。
寒い朝に目覚ましを止めて二度寝したらどうなるか。
ごくごく当然の流れで、クレイは盛大に寝坊した。
そして寝坊して慌てて飛び出た人間にありがちなことだが、その日の仕事に必要な物を置き忘れていったのだった。
『・・・で、ごめんトム。申し訳ないんだけど、持ってきてもらえないかな』
午前中を半分ほど過ぎたところで、クレイから電話がかかってくる。
「いいぞ。どこまで出ればいい?」
トムはパソコンを睨みながら返す。相変わらず株式市場は低迷しているので、トムの財布も低迷気味だ。
『今日は外出してるから、悪いけど出先に・・・』
「わかった。住所を言ってくれ」
画面を占めていたチャートを消し、地図検索のページを呼び出す。念のためプリントアウトして胸元のポケットに突っ込んだ。
「20分くらいで着くと思う」
『ありがとう。待ってる』
慌しい様子でクレイが電話を切った。
トムは上着を羽織り、トムの忘れていったフォルダを助手席に放り込んだ。
急いで行動することが(逃亡以外)基本的にない生活をしているせいか、時間を気にしながら運転をするのが妙に新鮮だったりする。
なんとなく浮かれた気分でトムはハンドルを握っていた。
大して複雑な位置でもなく、トムはクレイの指定した広場にたどり着く。車を徐行させて視線をやると、数人の同僚らしい男と一緒にクレイの姿があった。何か冗談でも言っているのだろう、クレイが大きく口を開けて笑い、相手の肩を叩く。そのいかにも仕事仲間らしいやり取りに、ふと胸が疼いた。
「着いたぞクレイ」
『トム?早かったね、助かるよ』
セルフォンで伝えると、クレイが周囲を見回し、すぐこちらに気づいた。周囲に何か言い置いて、小走りに駆けて来る。その顔は満面の笑みだったけれど、先ほどの表情とはやはり違って、違うことにひっかかる自分にトムは戸惑った。
「ありがとう、助かったよ本当に」
身体をかがめてくるクレイに、窓越しにフォルダを手渡す。
「いや。別に暇だしな」
それでよかったか?と尋ねると中を確認していたクレイはうんうんと頷き、次いでちょっとトムの顔を覗き込んだ。
「トム、なにかあった?」
「え」
突然自分のことを言われて面食らう。
「何もないぞ」
「そう?なんか元気ない。もしかして風邪でもひいた?」
言いながら車の中に手を伸ばしてくるのをちょっとよける。理由もなくイライラした。
「ひいてないから大丈夫だ。ほら、会社の奴待たせてるんだろ」
視線で促すと、クレイが「あ」と止まり、後ろを振り向く。
「すぐ行く!」
軽く手を上げるその様は、トムに対するものとはやはり違う。
「じゃあ、俺は戻るぞ」
言って返事を待たずにエンジンをかける。クレイは何か言いたげな様子を見せたが、
「ありがとうトム。今日は少し早く帰れるかもしれないから」
と手を振った。
道を戻りながら、トムはミラーに映ったクレイの後姿を見る。
なにか書類を手に、同僚達と打ち合わせをしているらしいその様子。
やっぱりもやもやする。
しかし物思いに浸る間もなく、車はさっさと自宅に着いてしまった。
その夜。
宣言どおり「出先から直帰だからね!」といつもより早く帰ってきたクレイは、トムの作ったシチューを平らげた後、また昼間の話を蒸し返した。
「でさ、トム。やっぱり昼から変だよ」
ソファに並んで、横からのぞきこんでくる。トムはちょっと困って黙り込む。自分がモヤモヤして変なことは確かに自覚がある。
「僕が出かけた後、家でなにかあったの?」
「いや」
首を振る。
「僕が、なにかした?」
トムはちょっと考える。だが首を振った。
「お前がしたわけじゃ・・・ないな」
クレイに関わることは確かだが、なんと言っていいのか分からなかった。
「何か見たの?」
クレイが聞いたのは、追っ手や昔の知人のことだったが、別方向にトムは反応した。
「お前が、会社の奴らとなにか話してるところ」
ぽつり、と言われた言葉を、クレイは反芻する。
「今日、フォルダを届けてくれた時?」
トムはこくりと頷く。
「あれは、同じ課の連中で・・・」
「だと思った」
また頷き。
クレイは悩む。
確かトムを待っているあの時には、同僚の腹が最近急に出てきてベルトの穴をどーするこーするとか、思い切りどうでもいい話しかしていなかったような気がする。それがなぜトムをこんなに愁い顔にさせてしまうのか。
「いいなと思ったんだ」
静かな声でトムが言った。
「え」
「俺は」
トムは言って、ちょっと口ごもった。
「俺はああいうのを上手くやれたことがないから」
対等に、誰かと立つ。所属して、認められて、一つの目標に向かう。
生まれ育った鉱山が、一番近い場所だったはずだ。
でもそれは失敗と憎しみと、血と罪に塗り固められている。
「トムも、どこかで働きたくなった?」
そっと尋ねてくるクレイの声。
クレイは必死に脳内検索していた。
どこかないかどこか。トムの前歴が絶対に詮索されないような、あるいは気づいても放っておいてくれるようなどこか。
だが
「どこか、というのも違うかな」
というトムの声で脳内検索は急ブレーキをかける。
「お前がさ、会社の連中といるのを見て、なんかモヤモヤしたんだ。俺と話す時となんか顔が違うし」
フリーズ。
クレイは固まった。
そりゃあ、メタボな腹を心配する同僚相手と、今すぐにでもキスしてその目が丸くなるのを見たいなあと思うトムと対する時に、自分の顔つきが違うのは当然だ。
だがこれは。
これはもしかして。
「もしかしてさ・・・、やきもち?」
言った途端にトムが目を丸くし、次にむっとした顔をする。
「そうかもしれない・・・でもなんでお前笑うんだよ」
「だって嬉しいもん!トム今までバーとかで色々あっても全然妬いてくれたこととかないじゃないか」
「女性に妬いてどうするんだよ」
「男が来たって平気な顔してたじゃないか」
「ゲイに目くじら立ててもしょうがないだろう」
「だから初やきもちだよ!」
「全然嬉しくないぞ俺は!!」
眉を吊り上げ、目元を赤くして抗議するトムに、ああまずい、と思いながらクレイははしゃぐのをやめられない。
とうとうトムは腹を立てて
「笑ってろよ!」
と怒鳴って部屋に行ってしまった。
リビングには飲み散らかしたビールと汚れた皿が残される。
そしてクレイはトムをなだめるために真面目な顔をしなければ、と思いつつにやける頬と格闘することになった。
だがしかし、季節は冬だ。
腹を立てながら寒さに震えてベッドで丸くなっていたトムは、真剣な顔で謝罪する人間カイロにあっさり陥落した。クレイはぬくもりを求めてぴったりと身を寄せてくるトムをほくほくと抱きしめる。
「週末にさ、今度こそ壁を塗りなおそうよ」
「いいけど・・・」
「何色がいいか、決めようね」
「うん」
この街で初めての冬が来る。
今年はクリスマスを祝ってみようか。
もう何年も酒臭い店内でしか過ごしたことのない、唯の日付だったその夜を、久しぶりに昔のように。
冬が続けばいい。
寝息に変わった腕の中の呼吸を感じながら、クレイは幸せな気分で目を閉じた。
おわり
あー平和だ。テーマは「トムが男同僚にヤキモチを妬く(まんまや)」でした。