バーの喧騒を抜け出して、ディーンは冷えた夜の空気にぶるり、と一度身震いをした。秋から冬へ向かおうとしている週末の街は、通行人も皆早足だ。
ジャケットから白い紙片を取り出してちょっと眺める。
携帯ナンバーの書かれたコースターは先ほどカウンターで隣にいた黒髪の女性が、去り際に残していったものだ。同僚に冷やかされながら、にやけた笑いと共に恭しくポケットに収めて来たのだが。
(ま、今はまずいよなあ)
魅力的な曲線を惜しみながら、道沿いのダストボックスに落とす。
ここしばらくサムはレポートだか試験だかで忙しく、ほとんど顔を合わせていない。
2,3日前にメアリに誘われて夕食を呼ばれた時にすれ違ったきりだ。
夜の道をパーキングまで歩きながら、空しいような、もどかしいような、ポカンと穴があいたようなを心境を持て余す。
おかしいな。
さっさと帰ればいい。
シャワーを浴びて、ビールでも飲んで、テレビをつけて。
いつもの用事の無い週末のように。
数えきれないほど経験してきた、一人の時間の過ごし方が、ふと実感をなくしていた。
手の中でセルフォンを弄ぶ。
(まだあんな顔してやがんのかな)
はっきり寝不足の顔をして、眉間に皺を寄せ、目の下に隈を作っていた。
時間を確認すると22時。
(まだいいか)
呼び出し音が3回ほど鳴ったところで、いかにもカリカリした声が出た。
『ディーン?』
「よおサミー、しっかりお勉強してんのか?」
『してるよ。真っ最中だ。どうしたの?』
「いんやべつに。何もない」
『・・ほんと?』
「ああ。じゃーな」
『うん・・』
いぶかしげで余裕のない声に、早々に切り上げて通話を切った。
あの声じゃきっと眉間どころか額にまで皺を寄せ、目の下の隈もさらに濃くなっていそうだ。
吐いた息が微かに白くなる。
サムは学生だ。勉強が仕事だ。
自分がやっかいな修理の大詰めにのんきな電話をされるようなもんなのだろう。
セルフォンをジャケットに突っ込み、足を早めた。
愛車にたどり着き、かるくルーフを撫でる。黒光りする車体の感触に、少しばかり穴が埋まるような心持ちになる。
(まあ、しゃーねえよな)
古い映画でも観たい気分になってきたディーンは、週末の友にレンタルDVDを仕入れることに決めて愛しい車に乗り込んだ。
サムは資料をめくりながらイライラしていた。
行政法は苦手だ。どうも頭に入らない。
乱暴な手つきで法令集をめくりながら、頭の半分では寝不足で集中力が落ちているのだと分かっていた。
イライラはディーンからの意味不明の電話の後、余計に酷くなっている。
気楽な週末だからって。どうせどっかで飲んでるんだろうに。
思った後に、引っ掛かりを感じた。
用もないのに電話をしてきたディーン。
そう、今日は週末だ。
あれは店からではなかった。ディーンは多分、一人だった。
突然頭の血が引くような思いに駆られて、サムは机に放り出したセルフォンを掴んだ。
『サム?』
「ごめん、ディーン」
『サミー?』
戸惑うような声。
「電話くれたのに。酷い態度だった」
『あー・・、まあいいって。忙しいんだろ?』
「うん、でも・・・ごめん。怒ってる?」
『いーや。今はゴッドファーザーとヒッチコックどっちを先にするかで俺の頭は一杯だ』
「次はタランティーノ借りるって言ってなかったっけ?」
『そーいやそれもあったな』
―でも今日はモノクロの気分だったんだよなー、もう店出ちまったし。
受話器から笑いを含んだ声がする。年上の恋人の許容にサムはほっと息をついた。
「ゴッドファーザーってカラーじゃないか」
『うるせえ。いいんだ』
じゃれるようなやり取りが楽しくてクスクスと笑う。ここ二、三日取れなかった頭痛まで軽くなった気がした。
『お前、いいのかこんな話してて』
切り出されてサムは苦笑する。こんな時、酷く優しいディーンに、結局甘やかされてしまう。
「うん、そろそろ切るよ」
『おー、俺ももう車に乗る』
「また明日電話する。さっきはありがと」
言って、通話を切り際、サムは衝動的に手の中の機械に唇を寄せた。
切り際に聞こえた電話ごしのキスに、ディーンは思わず笑った。
あのサミーがどんな顔してやっているんだか、想像するだけで笑える。愛車にもたれて空を見上げた。
寒いが雲はなく、澄んだ空に星がよく見える。
携帯を閉じてしまいかけ、くすぐったい思いのままに黒い端末に一つキスをした。
「「なにやってるんだ俺(僕)は・・」」
数キロ離れた空間で、奇しくも同時に自分の痒さに呻いたことを、二人は知らなかった。
おしまい
はい。進展してない二人です。相変わらずキスどまり。しかも今回は直接ですらない!
悪魔のいない世界でふたりを阻むのは試験だった(笑)
でも、愛は深まっているんですよええ。主に兄貴・・・じゃない年上の彼氏が会えなくて寂しがっています。
そしてサミーは弟でなくても弟気質・・・
会えなーいじかんがーあーいーそーだーてるのさーーー♪ということでひとつ。