面白い。
魂と離れて以来、サムはどうも「感じる」ということが少ない。特に「悲しみ」とか「恐れ」とか呼んでいた類のものは。
それでも脈拍が上がり、呼吸が速くなるようなことは今のサムにだってある。
「課題(ミッション)を達成する」ことや「新たに重要な情報を得ること」は、多分「楽しい」感覚に近い。
なので、今サムはかなり興奮していた。
UFO?エイリアン?全く未知の領域だ。しかも目の前に実体験者がいる。
UFOに拉致されたらしい兄が、自力で帰ってきた。
サムとて脱出と生還をねぎらう気持ちはある。
「思いやれ」
とうるさく言うからしてみた。そうしたら変な顔をした。
震えているから、触れてやった。そういうものじゃないのか?
兄の足は手のひらの下で強張っている。引きつりながら無理やり「俺は勝った」と笑うが、明らかにそれは脱出の興奮と言うよりはまだ残っている怯えだ。
その体温に、先ほど中断された熱がふと甦った。
それから以前に確かめた兄の唇の感触を。
魂があるころの自分が、なぜ兄に触れたいと思っていたのか、さっぱり思い出せないままでいる。
しかし、今目の前でウロウロと目を泳がせている兄は 普段の高圧的な様子とは違い、端的に言えば抱いてやってもいいなと思えた。
「シャワーを浴びろよ」
声をかけると機械的に「そうだな」と応えてバスルームに向かった。
従順に。
ほどなく出てきたディーンは、もう話をする気をなくしたようで、ベッドに腰掛けると搾り出すようなため息をつき、サムが注いでやったウィスキーのグラスをもう一度持ち上げる。
一口飲み、サムの視線を感じると、ふてぶてしく見せたいのだろう、微かに口角を上げた。
サムは立ち上がり、握り締めたままのグラスを取り上げる。
「おい・・」
言いかけた唇を塞ぐ。どうせ何か言う余裕があれば反発してくるに決まっている。兄の面子とか男としての立場とか、そういったサムには理解できない諸々の理屈で。
体重をかけてそのままベッドに押し倒し、効き腕を捕らえる。
角度を変えて2度、3度とキスを繰り返した。応えては来ないが気にしない。現実のサムの感触に気を取られたのか、さっきまで続いていた身震いは止まっている。
それで十分だった。
短く切った髪をかきあげるように額からこめかみにかけて手のひらでなで上げる。ウェイトが違うし、そもそも真剣に跳ね除ける気力がないのだろう、腕を払おうとする力も弱くなった。
腕を押さえていた手を離し、無精ひげにざらつく頬を固定する。柔らかい女の頬と違う、ちくちくと刺激する感覚。唇で触れればより一層顕著だ。
柔らかくもない身体。その手や唇がサムの快楽に奉仕するわけでもない。Tシャツ越しの体温。モーテルの安シャンプーの匂い。
執拗に唇を嬲るサムに根負けしたのか、微かにディーンの唇が開く。舌で触れれば、濡れた感触は性別に関わらず滑らかで暖かい。
「眠れよ」
唇を離した合間、視線が合った。覇気のない、疲れた目だ。
「僕が起きててやるから」
言ってまた唇を重ねる。諦めたのか今度は最初から微かに応えてくる。深く、浅く、繰り返される刺激に、ディーンが集中しだしているのがわかる。
投げ出されていた腕が持ち上がり、微かにサムの腕に触れた。口の端から流れた唾液を、音をたてて舐め取る。
「・・・どうせもとから眠らねえくせに」
小さな声でディーンが呟く。
「寝ろよ」
唇を触れさせながら囁く。そのまままた深くもぐりこみ、どのくらいそれを続けたのか。反応がなくなり、身体を離してみればディーンは眠ったようだった。微かに眉間に皺が寄っている。
「・・・ふん」
いつの間にかサムの情欲は収まっている。無理にこの身体を使う必要はなさそうだった。ベッドを離れ、サイドテーブルのグラスに残ったウィスキーをあおる。
ついでにベッドカバーの上で沈没した兄の上に、自分のベッドからシーツを剥いでかけてやった。どうせサムには必要ない。女でもいない限り。
パソコンでも使おうと、背を向けかけてふとひっかかりを覚えた。もう一度振り返って様子を見る。
ああ、なるほど。
普段はあれでまだ気を張っていたわけだ。
サムは微かに笑う。
今まで全く考えもしていなかったUFOの情報と、ディーンの秘密を一つ。
今日は収穫の多い日だ。
サムは機嫌よくパソコンを立ち上げた。
END
えー、色々無理がありますね。分かってます。
そもそもロボサムがこんな親切心(?)を起こすかよ。とか、やり始めてキスだけで寝かすかよ、とか。
うんでも今回の肝は据え膳を食うことで、本番が始まりそうになったらさすがに兄貴が戦闘モードで抵抗しちゃうから。
タイトルをいっそ「据え膳」にしようかと思って止めました。おほほ。