ハンターにとって『ふり』は重要かつ必須のスキルだ。
気付かないふり
怯えたふり
眠ったふり
ディーンは昔から『眠ったふり』が得意だった。
囮として狩りの手伝いをした頃、父に怒られたくなくて息を潜めた夜、詮索好きな彼女の追及をかわしたい情事の後。
意識の半分は眠らせ、身体を休めつつ神経の一部だけ残しておく。
そのスキルを今、存分に活用している。
塩とスペルで防御を固めた、モーテルの部屋の中で。
何もない夜、魔物をおびき寄せるために延々と待機しているのはきついが、今はうっかり眠る危険は低い。
なにせ隣からは執拗に視線が向けられているのだ。
瞼を閉じていてもガラスのようなサムの目を感じる。
びりびりしたがる神経を押さえ付けて、ディーンは半分眠った状態を続ける。
サムはおそらくディーンが気づいていることに気づいていない。
照明をつけさせないのはそのためもあった。
魂が無い状態で生きているとはいえ、身体的には人間以上の力は無い。
クラウリーが「必要なら兄を1ドルで売る」と評したサムだが、ディーンもサムが自分の「寝首を掻く」とまで警戒しているわけではない。
今はまだ。
こそこそ出かけようとするわけでもなく、必要もないだろうに、大人しく隣のベッドに横になっている。そしてなにが面白いのか先程から顔の辺りから視線が離れない。
(人の顔で暇つぶししてんのか)
思いついた瞬間、みぞおちがぎりぎり痛み出したような気がした。
子どもの頃。
父の帰りを待つモーテルで一つしかないベッドで身を寄せ合いながら
『眠れないよ』
とぐずるサムに
『天井のシミでも観察してろ』
と言ったら
『じゃあディーンのそばかすを数える』
と言い出したことがあった。
あほらしくて放って寝たら、そばかすだけでは足りなかったらしく、翌朝
『そばかすは36こで、右の睫毛は230本、左は201本だったよ』
と妙に偉そうに報告されて(特に左右の数の違いを)、無言で拳骨をおみまいしたら大喧嘩になった。
視線に耐えるうち、ついに暇つぶしのネタが尽きたのかサムが携帯を開いたらしい。強い光を感じて、ちょうどいいのでサムに背を向けようとした。
見張りの意味では察知できるものが減るが、多分もう数時間で夜が明ける。
もぞりと動こうとした瞬間、光が落ちる。
これで全く起きないのも不自然なので、ディーンは身体の自然な流れに逆らわず、眉をしかめて微かに目を開けた。
「まだ3時だよ。寝てなよ」
即座に低い声がかかる。
予想通りの無表情な目がちらりと見えたが、すぐにその姿は携帯の光を遮るようにディーンに背を向けた。
旅の中、眠れないサムがモーテルの部屋でよく見せた仕草。
魂と離れ、ごっそりと人間的な諸々が欠けたサムと居るのは恐れと緊張を伴ったが、こうして、サムが確かにサムであることを感じる瞬間に感じるのは、物理的な痛みを伴う苦痛だ。
「前と違う」
最近、サムはしばしば不満そうに言う。
「どこが気に喰わなかったのさ。言ってよ。修正する」
そしてディーンにも変われと要求する。まるで正しい答が出ない式を書きなおすように。
どうしろというんだ。
俺にどうしろって言うんだ。
* *
翌朝、起き上がったディーンに、サムは何も言わなかった。
『右の睫毛は・・・』
とか言ってきたら、即座に拳骨を出してやろうと思ったのに。
魂のない弟は「昔と同じだ」と満足しただろうか、それともあの無表情な目でこちらを見るだけだっただろうか。
ディーンもまた、何も言わずに脱ぎ捨てたジーンズを穿いてバスルームに向かう。
感じたのは寂寥なのか、安堵なのかわからなかった。
END
兄、気づいてましたという話。
寝不足になるよ兄、と思うがそうならないらしい。芸歴20年。
そしてとことん噛み合いません。ロボサムと兄。
しかしなんだか寝てばっかりだな。次は起きてる兄弟にしよう・・(まだ書く気か)