1
狩を引退したディーン・ウィンチェスターは、いつの間にやら小さな酒場を開いていた。
「客がいるのを見たためしがない」
というのは行ったことがあるハンターの共通の感想だ。
一応明かりはついているが、フロアには誰もいなくて、店主はカウンターの後ろで酒を飲んで雑誌か動画を見ている。
「俺が見たときもそうだったな」
「俺のときもだ」
「よくつぶれねえなあ」
ハンター内でふしぎだふしぎだと言った声は増え、思い立った一人が直接確認したところ、
「別に稼ぐ気はねえからな」
という返事が返ってきて納得した。
場所がわけありで、店というよりは、持ち主から頼まれて異変が起きないよう見張っているのだという。
「だからそのやる気のなさか」
「うるせえよ」
そういわれると建物の中や外周に色々と魔除けや封印がしてある。
「幽霊なら祓っちまえばすむだろうに」
「それも言ったんだが、問題があるのが建物だけじゃなくて下の土地らしい。壊すのも色々と厄介なんだとさ」
「まどろっこしいこった」
「まあな」
そんなやり取りが次第に伝わり、あそこは店というより、店を擬態した住みかだ、と認識されるようになったのだが、その後もたまに覗きに行く者がいたので、
「あの店まだあるのか」
「まだやってた」
とハンターの噂になる頻度はそれほど変わらないのだった。
2
狩で大怪我をしたことをきっかけにディーンが引退するといったとき、サムは
「ふうん、そう」
といつも通りの薄い反応だった。
魂は戻っているのに、結局この可愛くない性格のままだったのは残念だが、こういうときは楽だ。
「で、引退してなにするの」
と聞かれて、別に考えていないと言ったら、
「ちょうどいいところがある」
と引っ張ってこられたのだ。
もともと酒場だったこの場所は、最近になって異変が起こったり周囲に怪我人が出たりして閉めている。
他にも商売をしている持ち主は、こんな厄介な物件は格安でもいいから手放したいと言ったのだが、勧められたサムは
「そんな金ないよ」
とあっさり断った。そうか、と肩を落とす持ち主に、
「まあ、兄が見張ってれば大丈夫だから」
と売り込んだのもサムだった。見張りと称して建物を丸ごと自由に使っていい上に謝礼まで出る。ディーンとしては多少もやっとするものが有りつつも、持ち主がほっとしていたので、まあいいことにした。
サムは話を仕切ったあと、
「じゃあ、僕は狩に行くから、ここはよろしく」
と言ってさっさと出ていった。たまに帰ってきては、当たり前の顔をして二階の部屋を寝泊りに使い、また狩の話があるといなくなる。
最近のディーンの1日は、起きるとまず建物の中と外の様子を確認する。地味な作業だが、幸か不幸か子供のころから叩き込まれているので苦ではない。終わるとネットを見たり買い物をしたりしていると午前中は大体過ぎる。気が向けば車の整備をし、周囲をドライブすることもある。
夕方になると店の電気をつけて音楽を流し、客が来ても来なくてもカウンターで酒を飲んだり動画を見たりしながら過ごす。日付が変わる前には店を閉め、二階の部屋で寝る。
客はほぼ来ないので、仕入れもほとんどなく、少量仕入れた酒は基本的に自分で消費していた。
「ビールくれ」
こりずに冷やかしに来た顔見知りの注文に、ディーンはビールの瓶をカウンターに置いた。
「ボトルじゃなくてそっちを頼む」
ビールタブを指差されるのに首を振る。
「あれは入れてない」
「酒場だろうが」
「客は来ないし、俺が一人で飲むには多い」
ドラフトビールの樽は、開封すると期限が短いのだ。
「ひでえな」
「ほっとけ」
ディーン自身も、ドラフトビールが飲みたいときは店を閉めて他の酒場に行く。
「暇じゃないのか」
「暇だな」
暇だが、別に良かった。
そもそも引退を決めた時点で何かをするような気力がなかったのだ。
サムが気が付いていたのかしらないが、多分この場所がなければ酒場に入りびたりになっていただろう。成り行き上酒場でつぶれる代わりに、カウンターの内側でぼんやり過ごしている。
店というのは開けていれば、誰一人出入りしなくても不審がられることはないので便利だ。これからも多分、たまに冷やかしに来る顔見知りがいるくらいだろう。
だがそうでもなかった。
3
「大っぴらに狩の話ができる場所って、意外と無いよな」
そんなことを言いながら延々とカウンターでしゃべり続けるハンターたちはだんだん声がでかくなっている。
「撃っても撃っても死なないし、せっかく防犯カメラ切ってたのに時間切れで守衛が来ちまうし最悪だった」
「うわ、悲惨だな。写ったのか?」
「それは大丈夫だったけどよ」
「ならぎりぎりセーフだな」
確かに、一般の店でこんな話をした日には即通報だろう。
耳だけむけながらカウンター内でゲームをしつつ、ディーンは思う。
「銀のナイフで刺しても全然平気で、刺さったまんま逃げやがった」
「うわ、じゃあまた失くしたのか。何本目だよ」
「被害者そっくりに化けてるから、絶対にシェイプシフターだと思うのに、銀が効かないんだ。なんでだろう」
「銀が混ぜ物だったとか」
「……化けるのはシェイプシフターだけじゃねえぞ」
なるべく放っておこうと思っていたのだが、あまりにも同じことばかり言って進展がないので、つい口をはさんでしまった。
すると待ってましたとばかりにカウンターの二人が視線を向ける。
「他にもあるのか?」
「グールが食った相手に化けてたことがあったぞ」
「まじかあ」
じゃあ効かねえわけだ。グールを倒すのってなんだっけ、とハンターたちが騒ぎ始める。
「おい、ビール一本でまだ粘る気かお前ら」
ディーンが顔をしかめると、
「じゃあビールお替り」
と二人して札を出す。しかし、先日客が来たばかりなので、しばらく誰も来ないと思ってまだ仕入れをしていない。
「もうない」
「店だろ!?」
「うるせえな、お前らが帰らねえと俺は飯にもいけねえ。そろそろ帰れ」
しっしっと手を振る。
店にこんな扱いをされたら100人中99人がさっさと出て二度とこないだろうが、話の続きをしたいハンターというものは残りの1人に当たるのだった。二人はしばらくこそこそと話した後にカウンターの方に向きなおる。
「よし分かった。まず俺が場所代を払う」
1人がバンとビール二本分程度の金を置く。そしてもう一人が立ち上がる。
「そして俺が、三人分の飯を買ってくる」
「はあ?」
「好きなものを言ってくれ。俺たちも他の店じゃ話しづらい」
「はあ?」
結局、ピザとバッファローウィングとチリポテトとビールでディーンは釣られた。そして満腹になるとおごり酒の効果で機嫌もよくなった。
「吸血鬼ってやたらと鼻がいいだろ。あれどうしてる?」
「…たしか、親父が昔、匂いをごまかす薬を使ったな」
「あるのかそんなもん」
ディーンは経験の浅いハンター相手に経験を語り、うわあすげえと感心されて、さらにいい気分になった。いい気分のまま朝まで飲み明かし、意気投合し、一緒に写真を撮りSNSのアドレスを交換した。
そして話は広がった。
ほとんど一般人は来ない、毎日開いている、ハンターが管理している、魔物への防御がされた場所だ。そして一応店なのでいきなり行ってもいい。うまくすれば経験者の助言が聞ける。
徐々にハンターたちは飲みたい酒や食料を持ち込んでくるようになった。
「フライドチキンのボックス買ってきた」
「俺はチャイニーズ持ってきた」
「ピザ五枚」
「ソーダの瓶ケースで運んできた」
「でかいハムがあった」
「ふざけんなお前ら、ピクニックしたいなら公園に行け」
大量の持ち込みにディーンは青筋を立てたが、
「注文できるものはするから」
「持ち込み料払うから」
と札と酒瓶を積まれて渋々認めた。そして、自分より経験の浅いハンター達から、
「なあ、教えて欲しいんだ」
と下手に出られると弱かった。
「まあ一杯飲んでくれ」
そうくるともっと弱かった。
結局ディーンはまたアドレスを交換し、スマホでやっているゲームはなんだと訊かれ、夜中近くにフロアのハンター半分が同じゲームをしている奇妙な光景が現れた。
もとからゲームに馴染んでいる若者はこんなところで初心者のおじさんたちと一緒にやる気はしないだろうが、なんとなく若者文化に興味だけあった中高年は、思わぬところで同レベルの仲間を見つけたのだ。
「次はどうする」
「来週の木曜はどうだ」
「いいぞ」
「じゃあ7時な」
「来れない奴はオンラインで」
狩と関係ない話が広がり、約束が交わされる。
「どうせならでかい画面でやろう」
と簡易なプロジェクターを持参してくる者が現れ、
「壁に映すのは見づらい」
と中古のスクリーンを店に送り付けてくる者が続いた。
「オンラインで済む話にわざわざここを使うんじゃねえ」
店主の意見はスルーされた。
そしてゲーム大会が始まると、やっぱり店主も混じってしまうのだった。
そしてある夜。
レーシングゲームでフロアが盛り上がりきっている時に、突然扉が開いた。
店内が静まり返る。
「なんなの、これ」
仁王立ちになったサムが、扉の前に立っていた。
テーブルには持ち込まれたビールとスナック、デリバリーフードの箱が散乱している。
そしてディーンはコントローラーを握って雄たけびを上げているところだった。
4
店の中の人間は蜘蛛の子を散らすように撤収しかけたが、待て待てこの後の成り行きが気になる、と踏みとどまった。
そしてさっきよりは静かにフロアの隅でレーシングゲームの続きをしつつ、店主兄弟のやり取りに聞き耳を立てた。
「最近、人はやたらと来るのに売上は全然ないって言うから、なんなのかと思ってたらこういうことか。僕のいない間になにやってんの」
「お前は基本的にいないだろうが」
「毎日連絡はしてるだろ」
「いちいち何したとか言うことかよ」
「僕はいつも状況を伝えてる」
「頼んでねえよ」
カウンターの中でもめる会話を聞きながら、ハンターたちはヒソヒソと話す。
「……あれ弟だよな」
「……のはずだ」
「……兄弟に見えん」
「いや、昔からやたらと引っ付いてたが、なんか………ひどくなったよな」
「だよなあ」
「留守中の浮気疑う亭主みたいだな」
「しっ」
誰かがボソリと言った言葉に、慌てて制する声が重なる。
「どうせお前、アレだろ。またどっかのカメラ使って見てやがったんだろ」
「そんなことしなくても電話したときの様子で大体わかるよ」
「適当言うんじゃねえよ」
おいおいおいそれはつまり兄貴のスマホやパソコンのカメラを使っていたということか?
意味を察した店内がざわめく。ディーンが文句を言いつつも平然としているので、いつものことなんだなと察した周囲は、ますます先ほどの留守宅を見張る亭主の印象を強くした。
「まあいいや、僕もしばらくは休むから、店に客が来るならちゃんと稼ごう」
「なんだと?」
ディーンの言葉にみんなシンクロしてざわめく。
「とりあえず、今日は店じまいだ」
「いきなりきて仕切るんじゃねえ。おい、閉店だ閉店」
揉めながら、しかし言うことは一致しているので、持ち込んだものをあらかた食べ尽くしていた客たちは、速やかに撤退した。
数日後。
ディーンとアドレスの交換をしていたハンターたちは、テーブルチャージだのゲーム機使用料だの細かいメニューを設定した店舗案内を受け取った。
「………」
「……どう思う」
「そりゃ、あの弟の方だろう」
「だよなあ」
当たり前だが、サムの帰宅以来、客足はぴたりと止まった。
「なんで」
「そりゃそうだろ」
その後、サムが狩に出かけると、かぎつけたハンターたちが集まり、戻ってくると散るというパターンが繰り返されるようになった。
「なんか、間男みたいだな」
サムの呟きに、
「「「今頃自覚したか」」」
とハンターたちは思い、
「あらゆる意味で違う」
とディーンは青筋を立てた。
収拾がつかないけど、ロボと兄貴の酒場はそんな感じ
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