「どうしたのよ元気ないじゃん」
休憩室でフェニックスに声をかけられたルースターは肩をすくめた。
「まあな」
そんなことはないととぼける気力もない。
「この間のミッションも成功だったんでしょ」
「何で知ってる」
「何ででしょーね」
ふふんと得意そうな顔を見るに、正規ルートで情報を得る立場にいるのだろう。
規定違反をするような奴ではない。
しかし、こちらが知らないとすると自分よりも上流か?
ルースターが思わず考え込んでいると、会話が止まってるぞ、と肘で突かれた。
「で?」
もう一度促されて、
「実はさ……」
と口を開く。
正直誰かに聞いてほしかったし、様々な事情から、話せる相手は限られているのだ。
ミッションの詳細を聞いたときに、「やばい」と思った。
どの任務にも危険はつきものだが、もしかすると今度こそ本当に帰れないかもしれない。
そう思ったとき、ルースターの頭に真っ先に浮かんだのは、恋人の顔だった。
長年の断絶の後の求愛にはあっさりと応じてくれたのに、一緒に生きてほしいと言ったら途端にあれこれ言って話を逸らす勝手で臆病な年上の顔だ。
「やるならここだ、と思って、ドレスホワイトで挨拶に行ったわけよ」
「大佐に?」
「そう」
「モハーヴェに?」
「そう」
「砂漠を何時間運転すんのよ。着くころには汗でぐしゃぐしゃじゃない」
「途中のガススタンドで着替えたんだよ」
「うわあ、気合を感じる」
「うるせえよ」
ドレスホワイトで車を降りると、いつものようにハンガーの前で待っていたマーヴェリックは顔を強張らせた。
何も言わないうちに、海軍の大先輩は察してしまったらしい。
「ブラッドリー」
「今度また任務に出るからさ、一度見せておこうかと思って」
最初の思惑としては万感の思いと気合を込めた挨拶をしようと思っていたのだが、相手があまりにも真っ青になるので、つい宥めたくなってしまった。
軽く言いながら、腕を広げて見せる。
「どう?」
は、と息を吐いて呼吸を整えたマーヴェリックは、真っ白な顔で口元を懸命に上げ、笑顔を作る。
「とても、とても立派だ、ブラッドリー。よく似合うよ」
「ありがとう。胸はまだ軽いけどね」
いつか見たマーヴェリックの勲章だらけだったドレスブルーを思い浮かべながらそう言うと、
「君の年なら立派なものだ」
と少し立て直したような声が返ってくる。事実、自分でもそれなりの自負はあるので、まあね、とそこは認めておく。
「それでさ」
改めて向き直る。
「今度また任務に出るんだ」
「うん」
分かってる、と頷く相手に頷き返す。
「任務で帰りがいつになるかわからないからさ、これ、預かっておいてもらえないかと思って」
そう言って差し出したのは、小さな箱だ。何回目かのプロポーズの時に用意した指輪のケースだ。
「自分で持っておきたいけど、万が一落としたら嫌だし」
だが半ば予想通り首を振られる。
「だめだ、ブラッドリー、預かれない」
「俺に何かあっても、あんたに俺の荷物の片づけ頼めないでしょ」
今はまだ、法的なつながりは何もないのだ。そう言うと、マーヴェリックの瞳が揺れる。
「お前が無事に帰ってくればいいだけのことだ。俺を使うな」
「言葉はつっけんどんなんだけど、眼がうるうるしてて」
「うんうん」
「預かってくれないなら、帰ってきたら今度こそ指輪を受け取ってほしいって言ったら、それとこれは別だとか言いつつ、最後には頷いてくれて」
「ふんふん」
「別れを惜しんでから任務に出発したわけだよ」
色々お見通しらしいフェニックスは、別れを惜しむのが数分なのか一晩なのかは追求しないでおいてくれた。
空母に乗り込み、自分の隊の最終確認を終えたところで、ミッションに携わる別部隊と集合した。
「あーーーー、なるほど」
フェニックスが頷く。
「そこで会ったわけね」
「会ったわけだ」
全米、気まずい選手権を開催したとして、『超危険な任務に行ってきますので、帰ってきたら結婚して』とねだった恋人と、同じ任務先で顔を合わせる以上の強者はいるだろうか。
いたらぜひ出てきてほしい。喜んで表彰台を譲りたい。
しかも相手は自分に何も言わなかった。もちろん、機密的にはそちらがより正しい。
「そして、俺と目が合った瞬間、顔がぱーーーーーっと明るくなったわけよ」
「なんで」
「俺には『この任務なら大丈夫だ』とみえた」
「………」
「………」
「…いや、どの任務にも危険はつきものだからね」
「…まあな」
「あの人が規格外なんだよ」
「俺もそう思う」
頷くと、怪訝な顔をされた。
「それにしちゃ、やたらとため息ついてたじゃん」
「ん?」
どうやら声をかける前に、しばらく観察されていたらしい。話が本題に近づいてきた。
「そんなこともありつつ、ミッションを終えて帰還したわけだが」
「うん」
「これから出発前の約束の履行を要求しにいくわけだ」
「えええええ行くのその流れで」
「行く。せっかく条件達成してるんだから」
「なるほど、それでため息か。私なら行けん、さすがだ、がんばれ」
不死鳥の名を持つ友に激励されてルースターは静かに落ち込んだ。
ミッションから帰還するという条件は達成しているので、出発前に頼み込んだ約束は履行を要求しておかしくはない。
おかしくはないのだ。
思い切りかっこつけた自分が猛烈に恥ずかしくて気まずいのを脇に置いてさえおければ。
それに自分のメンツで約束をうやむやにしたら、今後あの年上に「その程度だろ」と断る口実を与えてしまう。
そんなこんなで自分を鼓舞してルースターは再び砂漠を越えてハンガーに押しかけ、マーヴェリックに「来ないかと思った」と笑われた。
・・・・・・・・・
ミッション前にドレスホワイトで思い切りかっこつけて挨拶して、帰ったら結婚してくれとか言って出かけたら、空母に相手が(ちょっとした任務だよ、とか言ってた)いて気まずさ大爆発、というネタを書きたかっただけなのに、なかなか終わらないのでいったんここで供養。
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