ディーン・ウィンチェスターは自分のことを重度のブラコンだと自覚していたが、最近は弟の方もかなりヤバいのではないかと思うようになった。
「寒くない?ディーン」
今も前を歩くサムが振り返りながら尋ねてきて、ディーンはため息をつく。同じことを訊かれるのはこの数分で何回目だ。
「平気だ」
短く答えると、サムがニコリと笑う。
「もうちょっとだからね」
「……ああ」
お前は馬鹿かと言いそうになるのを、ぐっと堪えた。今歩いているのは雪原でも寒風吹きすさぶ荒野でもなく、ショッピングモールの駐車場だ。確かに空は曇り、冬の風は冷たいが、屋根の下までほんの数十メートルだ。
周囲には買い物の家族連れがのんびりと歩いている。そんな中ディーンは、エスキモーさながらの分厚い上着を着せられ、ムートンの手袋と長靴の重装備だ。
だがまあ仕方がない。もう何年も前から、ディーンの身体は体温を保持するのが難しい。なにせゾンビになっていたからだ。
数年前のことだ。
細かい経緯は省くが、ディーンは悪魔との契約で地獄に落ちる寸前になっていた。そのディーンをなんとか助けたいと寝不足になりながら考え続けたサムは、どこがどうなってか、
「そうだ、兄を不死の身体にすればいい」
という結論に達した。
頭の良い奴が睡眠不足で思い詰めると、ろくなことにならないという実例だ。そして自分たちが狩ったイカれた外科医の知識を使って、実の兄の身体を改造してしまったのだ。本人の同意どころか、相談もない。不意打ちで注射を打って眠らせて、勝手に改造したのだから、動機を除けば完全に行動が悪の結社だ。ディーンは人生のほとんどを魔物と戦ってきたのに、目が覚めたらゾンビになっていたのだ。まったくなんてこった。
(しまった)
考え込んでいるところに風が吹き付け、目にゴミが入った。ポケットを探るが携帯しているはずの目薬はない。車に置いてきてしまったのだろう。
「どうしたのディーン」
声を出したわけではないが、ディーンの動きで気づいたらしいサムが振り返る。
「なんでもねえよ。目に埃が入っただけだ」
気にするな、と手を振るが、サムは足を止めて覗き込んできた。
「目薬は?」
「忘れた」
そう答えると、みるみる表情が硬くなる。
「大丈夫だって」
軽く言ってみるが、サムの表情は緩まない。
「こすっちゃだめだよ」
「分かってる」
今サムは弟であると同時に、この身体の管理者でもある。
ディーンの身体が傷むと、傷んだところを交換する必要がある。それを繰り返していくことで不死の身体を保つのだが、交換するためにはパーツが必要だ。そうなるとサムはパーツのために人型の魔物を狩りに行く。人間を傷つけないのは当然だが、ディーンはなるべく弟にそんな狩をさせたくなかった。
「ちょっと上向いて」
サムがフードを被ったままのディーンの顎を少し持ち上げる。
「目を開けられる?」
そう言われてそうっと目を開くと、濡れた感触が目玉に触れて、思わず
「うわ」
と小さな声を立ててしまう。
「取れた?」
「いや、まだ…」
嘘を言ってもばれるので正直に答えると、サムが真剣な顔をもう一度近づけてくる。
全体的に感覚が鈍いのに、サムの舌が目の表面をなぞっていく感覚はやたらとはっきり感じて、ディーンは思わず肩をすくめる。
「ディーン、動かないで」
咎めるように身体を捕まえるサムに、
「もう取れた」
と言うと、腕の力を緩めたが、ついでのように鼻の頭にキスをされてから顔が離れる。
「よかった」
そう言ってサムは笑っているが、ディーンとしては周囲を通り過ぎていく家族連れの視線が痛い。モール内のレストルームで目を洗えば済むのに、何故か駐車場の真ん中で連れの目玉を舐める男二人。痛い。痛すぎる。だがそう言ったところで、
「水場を探してる時間が惜しい」
と言われてしまうのはわかっていた。ディーンの賢い弟は、改造以降世間体とか良識とかもどこかに放り捨ててしまったようだ。拾いに行きたい。