面倒くさいことになった。
ディーンは洗面台でくシェービングクリーム混じりの水が、緩やかに渦を巻いて排水溝に流れていくのをじっと観察しながら考えこんでいた。
これからどうしたらいいのかさっぱりわかない。
“サムを満足させて呪いを解こうキャンペーン”は盛大に続いている。
ディーンとしてはもう、痒いとか寒いとかいう次元を通り越した新たなる世界に足を突っ込んでいるのだが、恐ろしいことに弟の呪いはまだ解けない。
最近のあれこれは、さすがにボビーにも相談できない。
あの年で悪夢にうなされたら気の毒だし、サムの呪いが解けたらさっぱり忘れてもらわなきゃならない。
兄の献身に対して、痛がるばっかりだと弟君はご不満だそうな。
かといって、そればかりでもなく慣れつつある今の事態は最低最悪だ、とディーンはつくづく思う。
ダッド、どう思う?
父の姿を思い浮かべたら、想像上の父に黙って背を向けられてしまった。
畜生リアルだ。
髭剃りを終わり、タオルを使っているところに、サムが入って来た。
「おはよ」
「ああ」
鏡ごしに視線が合った。
何か言いかけるのを目で止める。
何か言ったらぶち殺す。
朝には似つかわしくない不穏なオーラを出してやるのに、アホな弟はにっこり笑う。
「落ち着いたらおいで。コーヒー入ってるから」
そして怒りで逆立ちそうな髪に触れるだけのキスを落として、キッチンに戻っていってしまった。
なにが「おいで」だバカ野郎。すっきり身支度整えやがって。
ああ、喉が痛い。なんで酷使するはめになっているかは思い出したくない。
(しょうがないんだダッド。他に方法が見当たらない。)
胸の中で語りかけるが、背を向けた父のイメージしか浮かべられなかった。
頭から水をかぶり、ガシガシと拭きながらキッチンへ行くと、テーブルに皿を置いていたサムが振り返る。
「大丈夫?」
「ん、」
ほんの2,3歩の距離なのに、軽く腰に腕を回して、テーブルまでエスコートしてくる。
いらんっつの。
心の中で毒づきながら、大人しく引かれた椅子に座る。
いまだに慣れない痛みに、顔をしかめそうになり、とっさにこらえた。
トーストと卵料理とサラダの簡単な朝食。
サムが作るとサラダの比重が多くなる。
(食べ物の好みは変わらないんだよな)
サムは随分前に起き出していたのに、ディーンを待っていたらしい。
ドレッシングの種類が昨日より増えているが、ディーンにとっては要は野菜の山だ。
(ヤギになりそうだ)
心中でぼやきながらカボチャにフォークを突き刺す。
きっと最近ヘロヘロするのはサムがやたらと野菜ばかり出すせいに違いない。
バーガーは無理でも、ディーンの好みからすればハムかベーコンの厚切りでも焼きたいところだ。
だがしかし、朝食を作るために気張って起きるまでの気力は無い。
少し前などは身体中痛いは寝不足だわでディーンが朝寝を決め込んでいると「モーニングパフェだよ」と、サムがけったいなモノをベッドまで持って来た。中身はたしかシリアルとヨーグルトとヤギの餌系のもので、色々と限界に近かったディーンはうっかり「解呪キャンペーン」中であることを忘れて、「なんだこりゃあ」とつき返してしまい、静かにしょげたサムを宥めるのにえらく労力を使うはめになったのだ。
日が落ちてからのことはさて置いて、休養ということでこの家を借りている二人は今、狩りをしていない。
とは言うもののいずれは再開することは決定事項なので、訓練はする。
逆に言えば訓練以外は特にすることもなく過ごしているわけだった。
「今日はどうしようか」
コーヒーを飲みながらサムが言う。
飯を作って食べて皿を洗う、合間にテレビを見ているだけでも時間は過ぎる。下手をすればその繰り返しで1日たってしまう。
「午前中は訓練だ。体がなまる」
卵をフォークですくいながらディーンが言うと、
「大丈夫?」
とサムがちらりと上目使いでこちらを見る。自分の身体を気遣われているのがわかった。
「負傷時想定のいい設定じゃねーのか」
思わずけっと吐き捨てるように言ってしまうと、サムの眉が見事なまでに悲しげに下がる。
「ごめんね」
謝られてディーンは慌てた。今ので満足ゴールから遠ざかったかもしれない。
「いちいち謝るな」
「うん」
ため息を押し殺して食事を続けた。
その日の午後。
「座ってくれる?ディーン。」
夕方近くなって、サムがディーンの手を引いた。
リビングのソファに連れて行かれる。
「なんだよ。」
「あのさ、今更だって言うかもしれないけど・・・」
嫌な予感がする。
「・・・・・・なんだよ。」
「つけててくれる?これ。」
言われた瞬間、ぞわりと毛が逆立った。あまりにもあまりなこの流れ。
見たくない。
でも、見ないと話が進まない。
ホラー映画で、絶対開けちゃいけないドアを開ける犠牲者Aになった心境だ。
じりじりと目線を斜め45度下に下ろすと、やっぱり小さなボックスがあった。
「お前・・・どうしたんだこれ。」
「この間街に行った時にね、注文してきたんだ。あんまり高いものじゃないけど」
サムの長い指がボックスを開く。
いっそ蛙でも飛び出してくればいいのに、中には予想通りのリングが二つ並んでいた。
ダアアアアアアアッド!!!
サムがものすごい無駄遣いをしてるよ。食いもんも酒も銃も買えるのにどうしよう!!
こんなもん、後で売ったって買値の10分の1にもならないってのに!!
「そういえば、お前は形にこだわる奴だったよな・・・」
「悪かったね。ディーンがこういうの好きじゃないかもとは思ったけどさ、でも、つけてくれると嬉しい」
「ま・・・、いいけどよ」
根性で声を絞り出す。何せサムの満足が最優先だ。
「ほんと?」
「指が切れるわけでなし」
「・・・なんだと思ってるのさ」
「指輪だろ?」
「約束だよ」
妙にきっぱり言い返された。
「あ?」
「ずっと一緒にいよう、ってことのさ。・・・つけるよ」
「貸せよ。自分ではめる」
「馬鹿だね。結婚指輪はお互い相手にはめるものだよ」
「お前、最近俺をバカバカ言い過ぎだ」
「馬鹿なこと言うからさ。・・・可愛いけど。ほら、手を出して」
色々と聞き捨てなら無い発言が続いているが、言いながらも現在進行形でサムの手がディーンの手を取り、ゆっくりと指輪をはめていく。
左手の薬指が拘束されていくようなその感触にディーンは微かに身震いし、黙ってもう一つのリングを取り上げた。
指に通す前、思わずちらりとサムの顔を見てしまう。
自分の手を見つめていたサムも、それに気づいて視線を上げる。
まっすぐに見つめてくる瞳。
「つけて。ディーン」
「・・・・・」
ゆっくりと、銀の光を弟の指にはめる。
サムがにっこり笑う。
「やったあ」
つられてディーンも少し笑った。
なぜだろう。
身体をつなぐ以上に、禁忌を犯した気持ちになる。
「愛してるよディーン。ずっと一緒にいようね」
こつん、と額を合わせてサムが言った。
「・・・・愛しているよ。俺のサミー」
自然とディーンも口にする。
愛している、ということも
手を取り合うことも構わない。
ただ、お前が正気でありさえすればいいのに。
そっと目尻に触れてくる唇の感触に目を閉じながら、ディーンはもれそうになるため息をかみ殺した。
終わり
T師匠~!先日はありがとうございました♪
指針を示していただいたら結構さくさく打てて、最初に上がりましたー。
でも、ちょっと甘甘度低目かも。でも、やっぱりふーふは気楽だなー(笑)