ロウィーナが地獄を封印して以来、悪魔が絡んだ騒ぎはめっきり減っていた。どうやら新入りの女王様は本当にかの場所を仕切っているらしい。まれにそれらしき事件を聞くことはあったが、最近は年間でも一、二件あるかないかだ。
「そういえば昔ボビーが、悪魔の兆候が出るのは年に四、五件って言ってたよね」
「だったっけな」
「確かそう」
つまり、世界がやっと元々のありように戻ったということかもしれない。ここ十数年で悪魔による被害が爆発的に増えた原因は、ひとつには地獄の門が開けられたこと、もうひとつは黙示録の終末だ。どちらも引き起こした責任のあるウィンチェスター家の人間としては、ロウィーナ様々と拝むしかない。
さて、文字通りの大災厄を生き延びたウィンチェスター兄弟は、ここのところかなりのんびり過ごしている。
「またどっちかが死んだら、今度こそ生き返らせるのは無しだからな」
「ディーンの方こそね」
双方まったくもって真剣に話していたのだが、横で聞いていたケビンには、
「今度死んだら、っていう時点でもうよくわからないんだけど」
と、大変引いた反応をされた。もっともな意見なのだが、現況は理屈に優先するのだからそっと見守っておいてほしい。
そんなことを言うケビン自身も、あちこちの時空が錯綜している中で転がり込んできた身ではある。ケビンと兄弟の最初の会話は、初等外国語教室のようだった。
「あなたはだれですか」
「私の名前はケビン・トランです」
「私たちが誰か知っていますか」
「ウィンチェスター兄弟です」
「私たちの仕事を知っていますか」
「ハンターです」
「あなたは預言者ですか」
「はい、預言者です」
そんな一問一答を続けた結果、このケビンは元学生で預言者でウィンチェスター兄弟と一緒に石板の解読をしたところまでわかった。
「君が僕らの知っているケビンじゃないにしても、ほぼ同じ経歴だから他人と思えない」
「良かったらここに住んだらどうだ」
「なんかすごくいい加減だけど、助かるよ」
というわけで、もしかしたらケビンも生き返ったのかもしれないし、よく似た境遇の他の次元のケビンなのかもしれないが、もうお互い深く考えるのはやめよう、とそのまま賢者の基地を共有している。
このケビンも普通の学生だったのが、突然家も母親も失くしてしまったヘビーな状態なのだが、
「今の僕にできることを探してみるよ」
と健気なことを言い、いつの間にかバンカーの中からEスポーツの試合に出たり、ゲーム系の動画を配信したりしはじめた。結構収入になっているらしい。
「テレビゲームして金になるのか」
聞いたディーンが感心すると、
「母さんもきっと同じこと言って驚くと思うよ」
そう言って懐かしそうに微笑まれた。
「つまり俺はいま、年寄り扱いされたんだな?」
と憮然としていると、
「いや、気にすることないよ。ディーンの頭はそのへんもともと八〇年代で止まっているじゃないか、今更だろ」
サムがフォローのふりをした追い打ちをかけたので、そのまま拳の飛び交う喧嘩になった。
ちなみに最近ケビンがネットで稼ぐ額は兄弟がその辺で肉体労働をするよりもよっぽど高く、
「はい、今週分」
と渡される額で諸々の経費をまかなえてしまっていたりする。カード詐欺もしなくてすむので結構なことなのだが、
「ちょっと思ったんだけど、これってもしかして、僕たち今、ケビンに養われてることになるんだろうか」
サムがまじめな顏で兄に問いかけ、
「んなわけあるか!」
とディーンが拳を出してまた喧嘩になった。
「食費でも家賃でも謝礼でもいいけど、僕をネタに喧嘩するのはやめてくれ」
飛び交う本やパンや汚れた服をよけながら、ケビンがうんざりと抗議する。
「二人は無償で人助けしてるだけで、僕よりよっぽど色々仕事してるだろ!」
「…………」
「…………」
年下にまじめにたしなめられた年長者二人は、さすがに下宿人をダシにしてじゃれるのはやめた。
だが実のところ最近は狩の仕事も少ない。通常なら仕事をしないと収入がなくなって困るものだが、ハンターの仕事はすればするほど赤字だ。旅費、宿泊費、弾、火薬、薬物、医療費、修繕費、調査費等数え上げればきりがない。なので、あまり仕事をしない今の方が支出が減って、ウィンチェスター家の生活には余裕があるのだった。
こういう感じに文字通り薄い本です。カプ無しの兄弟です。
[7回]