「俺は、今度こそやめろと言ったよなあ?」
応接室のソファの上で腕を組むディーンは本気で怒っている。
サムは何も言い返すことができなくて下を向いた。
兄が怒るのももっともだ。
今度こそ止めようと思っていたのに、つい死んだ兄を復活させてしまった。しかも何か切迫した事情があったわけでもない。
「ディーンどうしてるのかなと思って」
「死んでたに決まってんだろうが」
「どっちで?」
「天国」
「ああやっぱりそうか、ごめん!」
「謝るならすんじゃねえよ!」
怒鳴りあった後、同時にはーっと深いため息を吐く。
「あのさ、ちょっといいかな」
横から遠慮がちに見えて興味津々の声がした。
「どういう状況か訊いても?」
口を挟んできたのは高そうなセーターを着てコーヒーカップを持った男だ。隣に座るもう一人も驚いたように目をパチクリしている。
「あ。お前らあれか。別の世界で会社やってた金持ち兄弟」
「あはは、正面から言ったねえ。うん、そうだよ。あと今はこっちの僕も共同経営者だよ」
ディーンの低い声に明るく答えたのは、髪を後ろでまとめたサムだ。隣に座る別次元のディーンは少し顔をしかめている。
「お前らは元気そうにやってんじゃねえか」
「うん、まあね」
「それで、一体何が起こったの?こっちの世界のディーンはだいぶ前に亡くなったって聞いたけど」
「うん、そうなんだけど見ての通り生き返らせてしまったんだ」
反省してる、とサムがうなだれると異世界の兄弟は顔を合わせて沈黙した。
「それって、割とよくあること?」
「ねえよ」
異世界サムの疑問に、ディーンがうんざりしたように答える。そして真剣な顔でうなだれる弟を見た。
「何をしたんだ。取引か」
「うん」
ディーンはハーーーっと再び息をつき、頭をガリガリとかく。
「誰とだよ」
「ロウィーナ」
「あんのくそ魔女……」
唸り声をあげるディーンが頭を抱えたまま尋ねた。
「何年だ」
「あ、それは寿命でいいって。そのかわり行った後、あっちで研究の手伝いをしてくれって」
「つまりお前だけ地獄行きじゃねえか」
「あ、いやディーンも一緒の約束で」
「だから天国にいる人間の魂勝手に売るんじゃねえ!!」
怒鳴られて首をすくめる。ロウィーナの代になって地獄の雰囲気も随分と変わったようだった。延々とこき使われそうではあったが兄と一緒なら別にいいかと思ったのだが、せっかく天国に行っていたのなら悪いことをしてしまった。そこに「あのさ」と声がかかる。
「何度も口を挟んで悪いんだけど、何年ってなに?」
数秒の間を縫って末っ子のストレートさを存分に発揮してくる異世界の自分に尋ねられ、サムは悪魔との取引の対価が魂で平均的には十年後の回収であることと、ウィンチェスター家に要求されがちな、即時だの一年後だのといった足元見られ系の取引履歴をざっと説明する。
そうだよな、ハンターをしていて十字路の悪魔との取引を知識として知ってはいても、普通は実際の取引に接したりはしないよな、しかも何回も、とふと遠い目になる。取引の相場とかすれちゃったなあ僕。こんなことに慣れちゃいけないな。
「…とすると、今回は随分と好条件なんだね」
「ああ、向うのトップが代わったから」
「トップとのパイプか。それは強い」
「ううん、死からの復活はものすごいニーズがあるだろうけど、商品化は難しいね」
「すんな」
柔軟性をもって事態を受け止めた起業家兄弟のコメントは、ディーンには切って捨てられた。
「ごめん、ディーン。寂しかったんだよ。ここ最近、恋人とは別れるし、犬も死んじゃうし」
「長生きだったよねえ」
「そんなに経ったのか? 俺はベイビーに乗ってドライブ始めたばかりだったんだが」
「さすが天国。一日で百年くらい経ちそうだね」
「興味深い。メモしておこう」
サムと違って罪悪感を感じる必要のないギャラリーは、叱責されるサムを見ながらそわそわと話している。だがディーンの復活がちょうど事業の相談で起業家兄弟が来ていたタイミングだったのはよかったのかもしれない。二人だったら天国から引き戻した上に地獄行きを勝手に決めてしまった兄との会話はもっと深刻になっていただろう。
ディーンが表情を和らげて「おい」とサムに言う。
「あのくそ魔女を呼び出せ。取引を破棄させる」
「ディーン」
「俺はもういい。休みたいんだ」
「………うん」
サムが携帯端末を取り出すと、ディーンが怪訝な顔をした。
「お前、なにやってんだ」
怪訝な顔は、サムがメモリーから通話を始めると険悪なものに変わる。
「おい、まさか」
「ロウィーナ? 僕だけど」
「ずぶずぶにもほどがあるだろうが!!」
またもディーンの罵声を背に受けながら、サムはロウィーナに謝って、渋々ながら契約を白紙に戻してもらった。
「…………」
「ごめんディーン。もう大丈夫だから」
「……破棄もあっさりか。どうなってんだよお前の生活」
「まあ色々。下(地獄)はアクセスできるんだけど、上は全然わからなくて。ディーンがいるのが天国なのか煉獄なのか、狭間の闇なのか、考えてたらうわーーーっとなっちゃってさ」
死んだ兄弟の魂の行く先がわからないのは当然だ。違うのは普通の人間ならうわーーっとなったときにできるのはせいぜい周囲にあるものを壊すとかやけ酒を飲むくらいなのに、サムはもう少しやけくそでできることが多かっただけだ。
だけど、逝ってしまった最後の家族が、天国で穏やかにドライブを楽しんでいるのだとわかったのだから、収穫は大きい。
「…あとはディーンが元に戻れるかだけど……」
せっかく天国にいたものを、無理やり引き戻したせいで浮遊霊にでもなったらどうしようとサムが今更ながら青くなると、一転して穏やかな表情のディーンが「大丈夫だ」と言った。
「今、あっち(天国)を仕切ってんのはジャックとキャスだ。なんとかなんだろ」
そう言って、やっと笑ったディーンがサムの頬をぺちぺちと叩いた。
「俺は上でのんびりやってるから、ゆっくり来い。ダッドもマムもボビーもあっちだ。もう、くそ魔女の縄張りに落っこちるような真似、すんじゃねえぞ」
待ってるからな。そう言う声は確かに聞こえたのに、気が付くとソファには誰もいなかった。
「………なんて言ったらいいのかわからないけど」
サイドテーブルの向こう側から、自分と同じ顔に気遣われてサムは妙に冷静になる。
「うん、大丈夫。仕事の話をしようか」
「よかった。君が話せる心境で。今の君たちのやり取りを見ていて思ったんだけど、もう少しリスクの低いアプローチなら、ニーズは多いと思うんだ」
「交霊術? それはもうあちこちでできるだろう」
「君は、世の中には喫茶店があるからといって、コンビニでコーヒーを売る必要がないと思う?」
「………」
感傷を忘れるのに現実的な話は効果的だ。そんなわけで、サムと異次元兄弟の共同事業の中で、家族と話せる手軽な交霊術は、スタンダードな幽霊退治と並んで会社のメイン商品となっていった。
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「あ、ディーン? 久しぶり。今って何してた?」
「またかよサミー。ベイビーとのドライブを始めたとこだって言ったろ。いきなり運転中に携帯が鳴るから、何かと思った」
「本当に? 天国のゆったり感は半端じゃないね」
「もしかすると、ディーンは自分があちらに行くまでずっと愛車と楽しくドライブをしているのかもしれない。それは裏を返せばそれだけ自分と離れている時間がない方が幸せってことじゃないか?」
サムがそう言うと、
「うーん、僕らもいつまでも引っ付いてるって言われてたけど、君たちには負けるな」
今年のワインは出来がいいから飲もうと持ち込んできた兄弟が感心したように言う。
「まあ、会ったときに話すネタをせいぜいためるよ」
サムはそう言って、確かに出来のいいワインのお代わりを、グラスになみなみと注いだ。
落ちないけど終わっておく
イチャイチャ謎時空ペーパー書こうと思ったんですがまだだめでした。
[11回]