また会うまでの日々 最終回、素敵でしたね。 胸が痛くてなかなか本編沿いのネタが考えられないのですが せっかくのムパラなので考えてみましたら 妙な物体になりました。 2021.7.4. Half of Bean |
初めてでなくても、一人になった生活は寂しいものだった。
兄の亡骸を今度こそ安全な手続きで葬ったあと、サムはどこか現実感なく一日一日を動いていた。
顔を洗い、髭を剃り、なにか口にして、服を洗い、風呂に入り、ネットをチェックして、夜になったら横になる。依頼があれば動く。
「大丈夫?」
と気遣われれば、
「まあ、少しずつ」だの「なんとかね」だのと応える。
いくつかの返答パターンで、その辺りがどうもいまの自分の状態と違和感がないらしかったからだ。実際のところ自分がなんとかなっているのかはわからなかった。
気まぐれな神が適当に作った世界は色々いい加減で、地獄との境界が固く閉じられたあとも、怪異はあちこちで起きていた。だが、それも毎日毎週というわけではない。サムは悪魔や天使には知り合いが多かったが、狩りと関係のない人間にはほぼ知己がない。最近では飼っている犬が唯一の会話相手で、もしも愛犬に何かあったら、会話A.I.を仕込んだロボットでも手に入れないと、声を出さずに何ヵ月も過ごすことになりかねなかった。
「寂しいよな」
サムはバンカーの中で犬の首を撫でる。広くて部屋も多い基地は、動きもなく静かで、ただただ孤独だった。
と、突然入り口が強く叩かれる。
「?!」
数少ない知り合いかと思いつつ外の様子を覗いたサムは顔をこわばらせる。ヘイゼルグリーンの瞳、短いダークブロンド見慣れた顎のライン。
死んだ兄、ディーンの姿をした男が立っていた。
(来たか)
自分への攻撃としてはあり得ると予想していた。ただしバンカーの位置を突き止めるということは知性があり、模倣の精度が高い魔物だ。または単体の攻撃ではなく、シェイプシフターを使った何かかもしれない。
久しぶりに腹の底から感情が動く。銀の金具で四肢を床に縫い付けて、一寸刻みにしてやろうかと考えつつ、サムはディーンの形をした何かをカメラ越しでの観察を続けた。
そして気づく。シェイプシフターにしては奇妙な点がいくつかあった。髪と髭を妙に小綺麗に整えており、着ている服の傾向が違う。そして何より、後ろに自分と同じ顔がいて手を振っている。
『なあ、覚えてるだろ?僕らだよ』
「……消えてなかったのか……」
別の次元から逃げ込んできた、妙に金持ち臭のする兄弟だった。
・・・
「こっちの俺が死んだそうだな。お悔やみを言うよ」
「ありがとう」
何となく微妙な顔をして異世界のディーンが言うのに、こちらも微妙な心境で答えていると、対照的に異世界のサムが神妙な顔で続ける。
「ほんとうに、心からお悔やみを言わせてもらうよ。兄弟を失くすなんて、想像もできない」
「ありがとう。何度経験しても慣れないよ」
「……」
しばらくの困惑の後、異世界の兄弟がお行儀よくどういう意味かと質問してきたので、サムはディーンが死ぬのは百回以上だが、ちゃんと弔うのは初めてである事情を説明してやる。
ハンターであることは同じであるはずなのに、異世界の兄弟はまだどちらも死んだことが無いらしく、目を丸くしていた。
「そうすると、もしかしてそのうち生き返ってくる予定が?」
「いや、今回は本当に死んでしまったままだと思う」
普通はそうだ。
「ところで、今日は提案に来たんだ」
しばらく雑談を重ねた後、金満兄弟(と心の中でサムは名付けた)の弟が口を開く。
「提案?」
そう、と金満兄がうなずく。
「俺たち家族は元の世界で魔物を狩りの会社を経営していた」
「ああ、そうだったね」
世が世ならハンターを生業にして豊かな生活ができるというのだから驚きだ。
「元の世界は消えてしまったし、この世界にも魔物はいる。そして僕らのような会社はまだない。だから新しく会社を興したいと思ってね」
「へえ……」
まじか正気か無理だろ。という感想が素直に顔に出ていたらしい。弟の方が『順を追って噛むように説明しよう』という知的マウント顔をした。ディーンがよく、「どや顔で説明すんなてめえ」と怒っていたのはこういうことかとサムは実感する。
金満サムは子供のころから、賢い父親(!)がどのように事業を興すか見てきたという。そしてこの次元を観察した結果、世界が違ってもその仕組みや人々の認識はそれほど違いが無いことも。
「だけど、この世界で僕たちは新参だし、ずっと狩りを続けている君に言わずに始めるのはフェアじゃないと思ってね」
「……ああ、なるほど」
考えてみれば自分の世界は無事に続いており、彼らは家も知人も財産も失くしている。客観的に見れば自分よりよほどハードな状況だ。しかし、実際には金満兄弟は世界を失くしても元気そうで、サムの方がお悔やみを言われているのだった。
「僕に気を遣う必要は無いよ。自由にやってくれ」
「ありがとう」
「さすがにそろそろ動かないと困ってきてね」
ワインとスパと季節の服も仕立てたい、と金満サムが首を回すと、仕方ない奴といった顔で金満ディーンが笑う。
異次元だから何も言うまい。サムは何回か心の中で唱える。
金満異次元兄弟(どんどん内心の呼称が長くなる)からは、よかったら共同経営しないかとの礼儀正しい誘いがあったが、サムは今は気力がないからと断った。てっきりバンカーや中の装備を使わせてくれと言ってくるのかと思ったが、今のところ大丈夫だという。
「じゃあまた!」
元気に去っていく兄弟を見送りながら、サムは正直全くうまくいくと思っていなかった。だってモノは幽霊だ。不法侵入に器物破損、遺体損壊に窃盗、身分査証etc 会社経営と両立すると思えない。
・・・
意外に律儀らしい金満兄弟は、その後も時々経過報告にやって来た。驚いたことに事業は動いていた。
「家業を会社にしたのは父だったけどね、僕も新しい場所での新規立ち上げは何度かやっているから」
と遊びに来た金満サムが微笑む。顧客開拓もやっていたので、ニーズがありそうな層に鼻が利くのだそうだ。
「へええ」
土産に持ってきたワインとチーズを一緒に食べようと振舞われながら、サムはちょっと感心した。絶対無理だと思っていたことも、「できるとわかっている」奴だと実現してしまうのだ。自力で稼いだ金で高い土産をもらうと感慨もひとしおだ。
「でも僕らは天使を呼ぶとか地獄から帰るとか想像もできないから、お互い様だよ」
「ああ、まあね」
妙な慰められ方をして、サムは苦笑する。
その後も折々に起業家兄弟(金満と呼ぶのはやめた)は顔を見せにサムの所を訪れた。サムは結局その事業に触れることはなかったが、彼らの事業が成功して認知が上がっていくと、サム達ハンターへの周囲の目も変わっていったのは意図しない副産物だった。
「君の兄はやっぱりまだ生き返らないのかい?」
異世界のディーンに時々訊かれるたびにサムは微笑んで首を振った。
「さんざんやったからね。今回は新しいパターンを試すよ」
不思議なもので、同じ顔でも異世界のディーンを見て胸が痛むことはなかった。
「今度は僕が、兄のいるところに追いかけていく。多分僕らが行く先は同じところだろうから」
天国は同居していた天使の子が、地獄は自分を弟子扱いする魔女が仕切ってるんだ、と言うと、起業家二人が目を剥く。
世界が違うと、同じ二人でもたどる道もできることも本当に違うのだ。
END
という感じにサムがあまり寂しくなく過ごすといいな