相変わらずディーンは自分の方を「弟」と思い込み続けているが、サムはやっぱりそれについて悩んでいなかった。
年功序列のウィンチェスター家(二人しかいないが)において、最下層から一躍、家長扱いになるのは、なかなか新鮮で気分がいい。
だが、ディーンは今現在怒っていた。
もうすぐ昼を過ぎるというのに、今朝からずっとだんまりを続けている。
「ディーン」
呼びかけても返事をしない。サムに背を向けて床に座り込み、並べられた銃のパーツを、一つ一つ丹念に磨いている。
だが、その背中がサムの気配をピリピリと追っていることはすぐわかる。
サムが呼びかけるからこそ、その姿勢を続けているのだということも。
理由は分かっている。
ディーンがまた一人で仕事をしようとし、サムが強引に止めたからだ。
数日前、新しい狩の準備をしていた二人にボビーから別の狩の依頼が入ってきた。
一番近くにいるハンターが二人だということで、幸いなことに対処としてはシンプルな怨霊のようだった。
ボビーにはあらゆる意味で世話と(気)苦労をかけているので、もちろん引き受けたが、ちょっと忙しいことになる。
着手中の魔物と、ボビーの依頼と。
サムがどうしようか考えていると、銃の手入れをしながらディーンが
「俺が行こうか?」
と声をかけてきた。
(お前が指示すれば、そう動く)
ディーンの眼が、無言でそう伝えてくる。
父と暮していた頃、ディーンの姿勢はいつもこんな風だった。
『いつでも指示を待つ忠実な兵士』
サムはそんな兄を見るといつも腹が立って仕方がなかった。自分の意思は無いのか、と。
だが、それが自分に向けられているとなれば話は別だ。
痒いところに手が届くような申し出がサッとされるなんて素晴らしい。
しかも、嫌々でもなく、義務感でもなく、ただ、自分を手助けしたい気持ちから言っているのがわかる。
ディーンの意思はあるのだ。
あって、自分の意向を聞いているのだ。いいじゃないか。ノープロブレム。
快感に近いような喜びに、サムは奥歯を噛み締めた。
どうせ呪いが解けたら、自分はまた最下層の「弟」だ。それまでもうちょっとくらい「兄」の立場を味わってもいいんじゃないだろうか。いいに違いない!
感動と自己弁護(?)に浸っていて、また返事をするのが遅かったらしい。
待っていたディーンが黙って荷造りを始めた。
そして、
「そしたら、俺、行って来るぞ?ボビーの話では急ぎなんだろ?」
と扉に向かい出したので、サムは慌てて引き止める。
「待て。バラバラになるのはダメだ」
「大丈夫だって。こっちも手が離せないし、ボビーがリサーチ済みだろ。単純に骨か遺物を焼けば浄化できる」
「そういう問題じゃない!」
「じゃあ何だ。そんなに俺が頼りないっていうのかよ」
だってあんた、呪いにすっかりはまってる真っ最中だし。
口には出さなかったが、サムが否定しなかったことに、ディーンは傷ついたように顔を歪めた。
・・・そして無理やり二人で隣町まで出向き、順調に依頼を終えて帰ってきたのだが。
口論以来ずっとディーンは必要なこと以外は口を開かず、一夜明けた今日に至っては視線すら合わさない。
明らかにすねている。
サムに信用されていないと思って。
それを思うとサムはまた、なんだか胸が絞られるような感覚を覚えてしゃがみこみたくなった。
こういう振る舞いについては自分もやった覚えがある。
しかし、その記憶によれば、今ここで話しかければ、盛大に無視されるか突っかかられるに決まっている(自分はそうした)。
放っておいて、頭を冷やさせるのが一番簡単だ。図書館か買い物にでも出かけてしまえば済む。
だけど、昔それを兄にされると、酷く悲しいような寂しいような気持ちになったこともサムは一緒に思い出してしまった。
しばらく考えてから、サムはディーンが掃除しているのと同じ、リボルバータイプの銃を取り出して、ディーンの向かいに座った。自分の道具を広げて手入れを始める。
ディーンがこちらを見た(睨んだ)のは感じたが、あえて視線は合わさなかった。
しばらく黙々と汚れを落とし、油をくれ、手入れを続ける。
次第に、ディーンの気配から苛立った色が薄れていった。
分解した最後のパーツを手入れし終わったところでチラリと視線を上げると、同じように部品を磨き終わったディーンと目があった。
目線で問い掛けると、眉を上げて同意が返って来る。部屋の時計に目をやり、秒針が12を指した瞬間に二人は同時に組み立てを開始した。
わずかにサムの方が早く終わり、銃口をディーンに向け、ニヤリと笑う。
「くそ」
ディーンが眉をしかめて悔しがった。
「もう1回」
短く要求され、いいよ、と受けて立つ。
「いつもの兄」だったら、負けた時もっとうるさい。バーガーの脂がついていただの、サムの鼻息でほこりが飛んできただの。
「弟」と思い込んでいるディーンは、どちらかというと寡黙だ。
2回目はディーンが勝った。
「やられた」
サムが手を上げるとディーンは満足そうにニヤニヤ笑った。
「さっき、シリンダーの組み立てで手間取ったから今回は頭にイメージしてから取りかかったんだ」
「イメージトレーニングは確かに効果があるんだよ」
「だよな」
嬉しそうに笑う。
先程までのふて腐れた様子はもうない。
ディーンもだんまりを切り上げるきっかけが欲しかったのかもしれない。
ほっとして思わずサムも微笑み、ついでに急に空腹を覚えた。
「そろそろ昼だし、食事に出ようか」
「そうだな」
ディーンも頷いた。
モーテルの近くにいくつかダイナーがあるので、車は使わずぶらぶらと歩く。
「どこにしようか」
「あの店兄貴が好きそうな菜っ葉メニューが色々あったぞ」
「なに?ディーンもついに野菜の重要性に目覚めたの」
「んなわけあるか。俺はどうせバーガー喰うし」
「それなら隣のダイナーにしようか。ベーコンが美味しいってモーテルの奥さんが言ってた」
「いいよ別に。昼は菜っ葉の店で」
どうも朝から不貞腐れていたのを気にして、譲っているらしい。
可愛いなあもう!
くすぐったい衝動のままに道端で抱きしめたら、ディーンはぎゃー!と叫び、道行く人には避けられてしまった。
元々の狩りの対象はどうやらウィンディゴの亜種で、眉間への銀のナイフが効果がありそうだった。
背の高い個体だったので、サムが
「ディーン、僕がやる」
と言うと
「うん、頼む」
と、あっさり任された。サムは思わず横を見る。
ディーンはまっすぐ見返してくる。
いや、モチロンホントにここは僕の方が適任なんだけど。
もとの兄貴でも結局は「お前やれ」とか振ってきそうなんだけど。
でも兄貴だと心配混じりにせよ「そのでかい図体をたまには生かせ」とかなんとか言ってくる。ぎゃあぎゃあ言われながらやらされるのと、信頼感露わな目で任されるのとはこんなに気分が違うのか。
「全然やる気が違うんだよ!」とディーンが兄貴に戻ったら言いきかせてやらないと。
・・・延々と脳内独語は続いていたが、サムは何とかディーンに不安を与えない程度のタイムラグで、頷きを返したのだった。
狩りの後。
「ねえボビー。思うんだけど、優しさって循環するよね。」
『何の話だ。』
「優しい気持ちが優しい気持ちを生んで、さらに優しく出来るというか・・・」
『何の謎掛けだ』
「最近のディーンと僕」
『・・・・・・・』
ガチャ
「切らないでよ、本題これからなのに!」
『早く言え』
ボビーの声が地を這うように低い。
「呪いの確信が揺らいでも、ディーンが傷つかないような手段がないかなと思って」
『…呪いを解くアイテムがあると言っているだろうが!』
「だから、それはどうせ自然に解けちゃうからいいってば!」
『ばかもーん!!!』
てなわけで、ディーンの呪いはやっぱり続いている。
おわり