「なあサム」
「なに」
客のいない店内で携帯端末をじっと見ていたディーンが、重々しく口を開いた。フロアのテーブルでパソコンをいじっていたサムは声だけで答える。
「仮にもこうしてバーを開いたからには、ただフリッジからビールを出すだけではいかんよな」
「ふうん?」
何を言い出すのだろうとサムが画面から顔を上げると、ディーンがずずいと端末の写真をサムの眼前に突きつける。
「そこでだ」
「ああ…これね」
思わず生ぬるい目になってしまったのは、昔見た覚えのある二枚目俳優のバーテンダー映画だったからだ。次に続く台詞の見当がつく。
「客がカクテルを飲みたいといった時、さっと作れるメニューの一つや二つマスターしたいと思わないか?」
「どうぞ。僕はやらないよ」
「なんで」
「カクテルは兄貴に任せる」
「向上心がねえぞサム」
ミーハー心の間違いだろう、という台詞をサムはゴックンと飲み込んだ。サムとて仮にも人から金を取るのなら、まじめに勉強しようかなと思ったりもしたのだ。だがしかし、ちらっとネットを覗いただけで半端なことではすまないのがわかった。カクテルを本気でやろうと思ったら、正しい果物の絞り方だの、季節による酒の適温だのグラス選びだの無限大だ。
そしていま、ディーンがやろうというのは絶対それではない。トムクルーズがやっていたような、酒のボトルとシェイカーを放り投げながら、ギャラリーにきゃーきゃー言われるパフォーマンスだ。
「そもそも、うちの客でカクテル頼む奴いないし」
「……うるせえな。新たな顧客を開拓すればいいだろうが」
楽しい空想を邪魔されたディーンが顔をしかめる。それでも止める気にはなれないのだろう、つまんねえ奴、とぶつぶつ言いながらカウンターの中でボトルを投げ始めた。
ほらみろ、カクテルの練習でなぜ瓶を投げる。
落として割ったら掃除が大変なんだけどなあと思いつつサムもパソコンに視線を戻す。
「………」
どうせなら。
サムとしては酒瓶のジャグリングよりも、どうせならカウンターの上でウィスキーグラスを滑らせるのをやりたかった。昔から西部劇によくあるあれだ。
キーを叩いて検索するとすぐに動画が見つかる。しばらくじっと見る。やっぱり渋い。止まり木の客にシャーっと滑らせてグラスを渡したい。客層から言えばカクテル練習よりもずっと現実に近いのではないだろうか。
という感じでですね、全編緊張感も事件もない平和な本です。
兄弟げんかはします。
よろしくおねがいしまーす!