目を開いた時、見えたものは視界の限り ひたすら広がる青だった。
高く、広い。
その青がオレンジ色に、そして群青へと変わっていくのを見つめながらようやく、自分が広い草原に仰向けに倒れているのだと気がついた。
地の底に落ちたはずだった。
全て終わったはずだった。
「次はこれだ。迅速に頼むぞ」
自称『地獄の王』がサムとディーンがランチを取っていたテーブルに、タブロイド誌を投げて消えた。
「冗談じゃねえぞ!悪魔の小間使いなんかやってられるかよ」
ディーンが食事を放り投げて、ひとしきり罵理雑言を並べる。
右から左に聞き流しながら、サムは示されたタブロイド誌に眼を通した。
兄弟は今、ひどく怪しげな取引によって、悪魔のために魔物を狩る事態に陥っていた。
煉獄を探すクラウリーの求めに従って、魔物たちの始祖、アルファを捕らえるために働く。
報酬はルシファーの檻に囚われたままのサムの魂。
拒否をすればサムの身体が地獄の檻に戻される。
終末の最中、ルシファーに追われて保身にあたふたしていたチンピラ悪魔に、ルシファーを捕らえる檻が破れるのかと考えると疑わしい点は多々ある。それでも、誰が何の意図を持ってサムを地上にとどめたかわからない今、万が一の危険を避けるためには従うしか道がないのが現状だった。
地上に戻されたことがわかり、同じように戻された祖父、サミュエルと出会って以来全ての時間を魔物を狩る行為に費やしてきた。それが、全てあの赤い目の悪魔の指示の元だったことは不本意だ。
家族である自分を裏切った祖父は必ず殺す。
赤い目の悪魔も機会があれば殺す。
今は生きのび、勝つための時間稼ぎと思えば、いちいち腹を立てる筋合いもなかった。
しかし、ディーンは無駄なことにエネルギーを使わずにいられないらしい。
視線を戻せば、すっかり冷めた昼食を前に まだクラウリーを罵り続けている。
だが、罵った挙句、どうするかといえば奴の注文どおりに魔物を追うのだ。
見ていてバカらしいとしか思えなかった。
「お前は悔しくないのかよ」
「悔しいさ。でも、今はどうしようもないよ。時間を稼いで、出し抜く手段を見つけるしかない」
自明の理だ。
それがディーンにはわからない。
サムの譲歩に気づきもせず、クラウリーへの鬱憤を晴らそうとするかのようにこちらを睨みつける。
無駄な労力、無駄な時間。
目の前の冷めたジャンクフードと同じくらい、兄の相手をするのは面倒なだけに思えた。
ここのところのディーンは、サムが何を言っても強張り、警戒した顔しか返さなくなった。
ディーンが吸血鬼に変異させられる場面に出くわして、つい絶好のチャンスだと見過ごしたのがまずかった。
結果としてはサムの予想通り人間に戻れたというのに、まだ腹を立てている。
ディーンが怒ったところで大した実害はないが、最近では「お前は俺の弟じゃない」とまで言い出した。
あの大きな眼は何を見ているんだろう。
自分は自分だと言うのに。
確かに地獄に落ちてから、前とは変わってしまったが、
それでも彼と一緒に育ち、旅をし、戦ってきた ただ一人のサミュエル・ウィンチェスターだというのに。
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飛び出してきた魔物は、小さな子供の姿だった。
眉を顰めたディーンが引き金を引くのがほんの少し遅れ、その爪が上着を切り裂く。向き直ったディーンが小さな身体に改めて銃を向ける前に、サムの撃った弾が丸い額に穴を開けていた。
「大丈夫?」
短く声をかける。
「ああ」
返ってくる返事も短い。顔をしかめてディーンはサムに背を向け、通路を先に進んだ。
のんきな暮らしですっかり鈍っているというのに、先頭を行きたがる癖は変わらないらしい。
彼の勘が戻るまではかえって手間がかかるな、とサムは労力を計算する。
今のサムはディーンよりずっと強い。
だが、サムが周囲人間と上手くやって行くためには誰かがいた方がいい。
他の人間で代用できないわけではないが、様々な事情を知っているディーンの方が無駄がない。
そして「家族」のように疑わなくていい人間となると、限りなく少なくなる。
だから彼を守ることには意味がある。
傍にとどめることにも意味がある。
「大丈夫だよ。僕はもうディーンのそばを離れない。ずっといる」
以前なら言わなかった言葉を、今なら事実として告げられる。
それは旅をしていた頃なら、兄が望んでいたことそのものだった。
だが、以前だったら笑顔が返ってきたような言葉にも、今のディーンは口をゆがめて鼻を鳴らすだけだ。
それ自体は別に構わない。
だが、サムの記憶によれば当然返って来るべき反応がないのは、正しいコマンドを入力しているのにエラーが出続けるような不全感をもたらした。
「行くぞ、そろそろ巣が近い」
振り向かない背は、狩りの緊張で張り詰めている。
さっきの魔物は10歳前後の少年の姿をしていた。大方、ディーンはベンの姿とダブらせて反応が遅れたのだろう。
これから出る魔物が全部、あんな少年の姿をしているといい、とサムは思った。
繰り返し殺し続ければ、ディーンの反応も早くなる。
「後ろは大丈夫。僕がついてる」
これまでの人生で何度となく口にした言葉を繰り返す。声の高さも、早さも、大きさも同じように。
「ああ」
だがやはり、ディーンは昔のような表情はしない。
鳴り続けるエラーメッセージ。
終
ロボサムは、全然兄ちゃんのことを大事にしませんが、執着はしてるんじゃないかというのがちょっとだけ萌え。そしてどうもベンとリサ(特にベン)については、「どうでもいい」というより実は対抗心というか敵対心というか持ってんじゃねーの?というところもちょっと萌え。
ロボサム嫌いな方、すみません・・・・