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海外ドラマの超常現象の兄弟(SD)を中心に、頭の中にほわほわ浮かぶ楽しいことをつぶやく日記です。 二次創作、BL等に流れることも多々ありますので嫌いな方は閲覧をご遠慮くださいませ。
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ふーふ本サルベージ(夫婦+記憶喪失)

先日、ちょっと手直しして支部に上げようかなあと昔々に出した夫婦呪本を探しましたら、見つからなくてあれれれと思っていましたが見つけました。
今サンプルを挙げている「幸福の設計」と同じようなのを二つ上げるのも間抜けなのでこちらに上げてしまいます。
夫婦の上に記憶喪失ってやりたい方だったあの頃の私。
停滞してるのに覗いてくださる皆様ありがとうございまーす!


 





 
狩の途中の事故でディーンが記憶をなくした。
荒んだ人生を歩んでいるウィンチェスター兄弟なので、通常なら
「記憶喪失?大変だけど、まあよくあることだ」
くらいの事件なのだが、今はちょっと事情が違う。片割れのサムが呪の影響で、「僕とディーンは夫婦です」と絶賛思い込み中だったからだ。

「どうだ、様子は」
狩の最中に倒れたディーンの様子がおかしい、というサムの連絡を受けて、駆けつけたボビーなのだが、その顔を見てもディーンは怪訝そうな顔をしている。
「怪我はたいしたことないんだけどね、記憶が全然ないんだって」
ね?と言いつつ、サムはぼーっとベッドの上に座っているディーンに気遣わしげな視線を送る。
「あんたは?」
「彼はボビー。僕らの親代わりみたいな人だよ」
「そうか・・・」
ディーンは思い出そうとするかのように宙をにらんで考え込むが、悪い、思い出せねえや、と呟いた。
「ゆっくり思い出せばいいよ。僕はサム・ウィンチェスター、あなたはディーン・ウィンチェスター、僕らはパートナー。まずそこだけ覚えて」

いや、まずそこから大間違い。

しかしある意味サムも病人状態なので(呪いはちゃんと解いたはずなのにぶり返すのが不思議だが)無碍に否定するわけにも行かない。悪気なく事実と妄想をまぜこぜに教えているのでたちが悪い。
「結婚?男同士で?まじかよ」
「まじだよ。ほら指輪。お揃いのをディーンは首から下げてるだろ」
「…うわ。ほんとだ。でもなんで指につけてないんだ」
「ディーンはちょっと恥ずかしがりだったからね」
「あー、まあ、男同士でペアリングは恥ずかしいよなあ…」
またその妄想話を、ディーンが多少の疑問を挟みながらも比較的素直に受け入れてしまっているので更に困った事態になる。それにしても指輪なんぞ買ってたのかお前ら。ボビーの心の突っ込みはもちろん聞こえず、会話は続く。
「いつごろ結婚したんだ」
「えーと、もう5,6年になるかな」
「俺とお前ってどこで会ったんだ」
「えーと、子供の頃から知り合いだよ」
明らかに今まで意識されてなかったウィンチェスター夫婦の詳細が、「えーと」と共にサムの脳内にどんどん設定されていくのが見える。恐ろしい話だ。ここでディーンが、
「俺が男とパートナーなんてありえねえ」
と言い出したり、サムが衝撃の事実を告げるのを遠慮したりすればもう少し時間も稼げるのだが、双方納得の上でしゃんしゃん総会のように会話を進行されては口を挟む余地が無い。
「ところでボビー、一見普通の幽霊のようで、相手の記憶をなくす魔物の心当たりとかある?」
「いや」
例によって呼ばれた理由はそれかと頷く。どうも兄弟は困った時にはとりあえずボビーを呼ぶというのが習慣化しているようだ。だがそれよりも、
「おい。いきなりそんな話をしていいのか」
ボビーは驚くが、サムは笑い、ディーンも頷く。
「お前、狩りの事は覚えているのか?」
「何となくな。サムにも俺たちの稼業のことは聞いたし」
「それで信じたのか」
事実なのだが男同士で夫婦よりもかっ飛んでいる。
「だって、あの時気がついたらすげえおっかない顔した女が俺の上に乗っかってたんだぜ。血まみれで俺の身体に手を突っ込んできて、しかもいきなり燃えて消えたし」
「……なるほど」
それは確かに幽霊とかハンターの存在を分かってもらいやすい展開だ。
「しかし、記憶が無いんじゃ何かと危ないだろう。しばらくディーンはうちで休養したらどうだ」
夫婦云々には触れず、距離をおかせるために提案してみる。
事実記憶をなくしたハンターが無防備にフラフラするなんぞ危険にもほどがあるのだが、
「いやまあ、そこまで世話かけるのも悪いだろ」
ディーンはそんなところだけ前と同じ顔でへらりと笑う。
「大丈夫だよボビー。僕がついてるから。もちろんディーンが少し落ち着くまで狩は休むし」
サムが誠実を絵に描いたような顔でディーンの肩を抱きつつ言う。
「一人だとさすがに困るけど、こいついるし」
「サムだよ」
「サム」
「そう」
にっこり笑いかけるサムを見上げるディーンは、抱かれた肩にやや戸惑った顔をしつつもそれほど疑問を感じていないらしい。
違う。違うぞディーン。
そのでかいのはお前の配偶者じゃなくて、弟。
喉まで出かかるが、ディーンが常日頃から悶絶しつつ言うに言えずにいたことだ。ついでにサムは不思議なことにディーン以外の人間の言ったことはそう簡単に信じない。
ボビーはちょっと頭の中でシュミレーションしてみる。
「そいつは夫じゃなくてお前の弟だ」
とディーンに告げたとする。まあディーンが仮に信じたとしよう。次に、
「そいつは弟なんだが、呪にかかってお前を配偶者だと思い込んでるんだ」
「呪の思い込みが否定されると、死ぬことがあるんだ」
「だが一回呪は解けたはずで、でもなぜかぶり返して症状がでていて、云々かんぬん」
このあたりの説明が難しい。しかもサムが目の前にいる。今のサムはいきなりボビーが呪の話をしたとして、信じるよりはボビーに聖水でもかけてきそうだし、下手すればディーンを連れて姿をくらましかねない。つまり、止めてやりたいが、上手いこと止める方法がない。

頭痛を感じつつもあまり慌てた心境にならなかったのは、サムが記憶のないままのディーンを狩りに連れ出すなど危ない目に合わせはしないだろうという点には確信があったからだ。それにもともとウィンチェスター兄弟は、黙ってあるけばカップルに間違えられるほど距離が近かった。
サムの呪が再発して夫化すると、いつもディーンは弟の名誉やら面子やらを思って心労を訴えていたが、本人無自覚だろうが巨大な弟に愛妻の如く引っ付かれることに関してはどう見ても平気そうだった。ちなみにあえて指摘しなかったが、今兄弟が泊まっているモーテルのベッドはキングサイズだ。そのへんの事情も追求しないことにする。
「それなら俺は帰るが、大人しくしてろよ」
「分かってるよボビー」
キリッとした顔で頷くサムを信じて任せられたらどんなにいいだろう。だがまあ、サムも怪我人相手に無茶はするまい。いろんな意味で。
そして間がいいのか悪いのか、ちょうど他のハンターから助けを求められたこともあり、ボビーはうっかりその後しばらくその狩にかかりきりになってしまった。いわゆるメンドクサイ状況からの逃避でもあっただろう。
そしてそれを深く深く後悔することになる。


 
さて、放置された兄弟だ。
夜になって、隣に寝ていたサムがそっと身体を近づけてくるのをディーンはじっと見ていた。だが、
「おやすみ」
とそれこそ家族的なキスで離れて行くのにちょっと拍子抜けする。
「なんだ。何もしねーのか?」
「今日怪我したばっかりだろ」
サムは苦笑して言うが、体の傷はかすり傷程度だ。実は夫婦といってもプラトニックな関係だったりするのだろうか。何となく自分にしてはありえない気がするが、男とパートナーになっていることも感覚としてはありえない。ちなみに一番有り得そうに感じられるのが幽霊退治だったりするので、どうも自分の感覚はそんなにあてにならないとディーンは思う。
「もしかして、俺らそーゆーのは無かったとか?」
言うとサムは困ったように笑う。
「まさか」
そしてもう一度身体を起こすとディーンの上にゆっくり覆いかぶさってきた。体温を移すように額に口付け、そのままの位置で呟く。
「あったよもちろん。ただ、ディーンは少し前から僕と抱き合うのをひどくためらってたんだ」
「なんで」
訊くとサムは今度は考え込むような表情になる。
「わからない……だけど、何かわけがあったんだと思うよ。ディーンは優しすぎて、一人で何でも抱え込んだり我慢したりするところがあるから」
「だれだそれ」
「ディーンだってば」
言いながら柔らかいキスを顔のあちこちに落としてくる。
「寒いぞお前。いい年した男相手にそーゆーのはやめとけよ」
さすがにちょっと引いた声を出してしまうが、サムは気にした様子もなく続ける。
「だからね。僕はいつでもディーンに触れたいけど、ディーンの気持ちを考えるとちょっと迷う」
「ほー、そうか。じゃあ、俺の記憶が戻ってちゃんと訳が分かるまで、お前は横で寝るだけか」
「……だから迷ってるんだってば」
「何が刺激になって記憶が戻るかわかんねーぞ」
「ディーン、それもしかして誘ってる?」
「いんや。ただ、はっきりしねーのも気色悪いと思っただけだ。禁欲とか俺絶対無理だし」
そう言うと、
「ああもう!」
と呻きながらでかい身体がしがみついてくる。
何となく言い負かしたような気分になって、ディーンは笑った。
 

手伝いの狩りもひと段落して、そういえば連中はどうしているかと思い出したボビーが2人に連絡をとったのは半月ほど後だ。

まずベルを鳴らして一歩中に入ると、いつもよりも広めな部屋に戸惑う。入ったところに一部屋。ベッドルームは奥らしい。そして作り付けのキッチンで食事の支度中だったらしく、テーブルの上に皿が出されている。やたらと日当たりがよい部屋で明るい色のカーテンが窓に揺れている。
なんだこれは。

「いらっしゃいボビー」
「……ああ」
別にどうと言うこともない歓迎の言葉のはずなのだが、何となくドアを開けたサムの表情や声が浮かれている。『スイートホームへようこそ』なんて垂れ幕が一瞬見えた気がするのはもちろん幻影だ。そのはずだ。
「ディーンの具合はどうだ」
「うん。大分落ち着いてるよ。怪我はもともと軽いし」
「記憶は?」
聞くとかちょっと肩をすくめる。残念ながら変わりはないらしい。
「どこだ?」
「奥で寝てる」
そう返されて思わず時計を見る。もう朝と言うより昼近い。
「具合でも悪いのか」
「違うよ。昨日ちょっと遅かっただけ」
「おい、まさか狩りを……」
「してないよ、そんな危ない」
じゃあなんだ、と言い掛けて、少しはにかんだようなサムの顔に物凄く嫌な想像が浮かんで口をつぐむ。そこに話し声に気づいたらしいディーンが奥から出てきた。何となくだるそうに見えるがどうせ深夜映画でも見ていたのだろう、そうだろう。
「おはよう」
近づいたサムが柔らかい声で言いつつ、ディーンに腕を回す。
「ん」
ディーンも引き寄せられるタイミングを合わせるように顔を上げた。極自然な動きで軽いキスを交わす。
「……」
音自体は微かなものだ。だがしっかり聞こえてしまう。
ボビー・シンガー56歳。
ハンターとして鍛え抜いた聴覚を、このときほど憎んだことはない。
「お前、起こせよ。ボビー来てんじゃねえか」
「ごめん。よく寝てたからさ」
言いつつまたディーンの瞼に唇を寄せる。
「まだ眠そうだね」
「ねみいよ」
不貞腐れたような声にもサムはくすくす笑う。
「ごめんね」
なぜそこで謝る。そしてなぜそこで意味不明に笑う。まさか半月でここまで夫婦ぶりが発展するとは予想外だった。
会話もどうしようもないが、当たり前のように間にキスを挟むのをやめて欲しい。ボビーはモーテルについている簡易キャビネットの中身にじっと目をやりながら、会話の内容を追求するまいと心に決めた。続けざまに聞こえる小さな音はもちろん無視だ。外から見えるのは大皿が5枚に小皿が3枚。多分引き出しには一応のカトラリーが入っているに違いない。
「もうよせって朝っぱらから」
結局ディーンが困ったようにサムの顔を押しのけるまでサムはディーンに引っ付いていて、キッチンに向かう後姿を見送ってから戻ってきた。
「ボビー、これからブランチなんだけど一緒にどう?」
にこやかな誘いにボビーは頷く。
ウィンチェスター兄弟の部屋に用事で行って、食事に誘われるのは珍しいが、そういえば朝からろくなものを食べていない。大体が兄弟の食生活はバーガーやベーグル、下手すればスナック菓子など振舞いようのないものを買い食いしていることが多いのだ。
サムが棚からもう一組皿を出し、小さなフリッジから冷やしていたらしいサラダを入れたビニールを取り出した。皿に分けると、これも部屋にあったらしいフライパンで簡単に卵を焼きだす。
「座ってて、ボビー」
確かにこんなアットホームな光景の中で出来ることはなさそうだ。
「どうしたんだこれは」
椅子の背にもたれて皿の中身を見る。レタスに赤と黄のパプリカまでは分かったが、他にも何やら色々入っているサラダはどうみても出来合いではなくて、エレンが時々作ってくれるものを思い出す。なるほどこれがよくディーンの愚痴っていた「サムの出すヤギの餌」か。
「少し行ったところにオーガニックのグリーンマーケットがあったからこの間ディーンと一緒に買出しに行ったんだ」
「ほう」
狩が休みなのでサムは思い切り自分の好きに生活しているらしい。野菜の買出しをするでかい男2人はそれなりに目立つだろう。
そこにポットを持ったディーンが入ってくる。
「サム、コーヒー」
「ありがとう」
ポットを受け取りつつサムはディーンのこめかみに軽くキスをし、ディーンは何も言わずくすぐったそうな顔でそれを受けている。
うーむ。
ディーンがなんのかんのと言いつつ、サムとのスキンシップ自体は歓迎していたのは見ていればわかったし、兄だというのを忘れている今なんぞ、嫌がるふりをする理由すらないのだが、目の前で堂々と子供の頃から知っているでかい男2人にいちゃつかれるとなかなかに胃に負担がかかる。
やがてボビーの様子に気がついたのか、サムがちょっと離れた時、ディーンがちょっときまずそうに訊いた。
「やっぱ変か?」
「?」
「あんまりサムの奴が堂々としてるから、いつもそんなだったかと思ってたんだが」
「ああ…まあ、サムは前からあんな感じだったな。確かに」
サムはなにせ呪状態だし、変なところだけもとのままで同姓婚の権利についていつでも誰にでも主張してみせる気概に溢れていた。今のディーンはそのサムしか頼る相手がいない状態なわけだ。悲惨だ。
「あんたは俺たちのことも知ってるから気にしなくていいってサムが言ってたけど」
「よく知ってるとも」
お前らが俺の家で、ドーナツの数が多いだ少ないだで喧嘩していたガキの頃から、お前が弟の呪を何とか解こうと四苦八苦していた頃まで。
「俺らって前からこんな感じだったか?」
「あー、お前たち二人だけの時はどうだか知らんが…」
すぐ後にはサムもいる。こちらを見てはいないが聞いているに決まっているので言葉を選ばざるを得ない。
「あまり俺の前では密着してはいなかったな。特にお前は気にする方だった」
大丈夫だ気にするなと言った日には、さらにエスカレートして続きそうなので一応言っておく。ボビーの胃はもちろんだが、後でディーンが記憶を取り戻した後のダメージもある。傷は少しでも浅いほうがいい。既にかなり深手を負っているとしてもだ。手遅れな気もするが。
あー、なるほどなあ、と頷くディーンの後ろでは、サムがやれやれと肩をすくめている。落ち着いたその様子は、本当に呪いで変なことになっているのでなければ頼もしいことこの上ないのだが。
食事が終わって一息ついたところで、ディーンが奥の部屋の壁に地図や新聞の切抜きを貼りだしたので、ボビーはかなり驚いた。
「何をしてる。まさか狩りか?」
「いや、そうじゃねーんだが」
ディーンはなにやら被害者らしい顔写真をいくつか並べて貼るとうーん、と唸って順番を入れ替えた。
「サムが部屋の壁に地図やらなにやら色々貼ってたのを見て、何か浮かんだような気がしたんだよな。で、自分で触るとまた何か思い出しそうで、サムに言ったら古い資料が色々あるから時々やってみろって。実際の狩りはしてないけどな」
「当たり前だ」
呆れて言うとディーンがはは、と笑う。手元の資料を貼り終わってしまうと、あのさ、と振り返った。
「あんたから見てどうだ?」
「あん?」
「意味わかるか」
「こういうのはハンターがそれぞれ自分の頭の整理に使うもんだ。他から見てどうこうはない」
「そっか…いや、正直なんとなくここだと思うとこに貼ってるだけなんだよな。パズル感覚っていうか、だからやってる間はいいんだけど、あとから見るとよくわからねえんだ」
自分で貼った資料を睨みながら、なんだこれ?と呟いている。
なるほどディーンは感覚的な方だとは思っていたが、今の妙に慣れた手つきは身体の記憶か。ボビーは苦笑して「どら」と近付く。
「きっかけはこの事件だな」
「ああ」
貼ったものを指しつつ資料と資料との関連性や、読みとれるものを伝えると、ディーンは眉をひそめてふうん、と考え込む。
「なんかこう、動きは覚えてるような気がするんだが、頭で考え出すとだめだな」
「まあ、無理するな。」
ボビーが肩を叩くと、そうだな、と小さく頷く。そして壁の資料はそのままに、次に鞄から散弾銃を取り出して手入れを始めた。銃身にオイルを拭きつけ、汚れをロットで擦り取る。木材部分にオイルをかけないようにしなくてはいけないのだが、危なげなく指先が動いている。
「そういう作業も覚えてるんだな」
ボビーが呟くと、
「そうみたいだ」
とディーンも短く答えた。
このまましばらく様子を見て、記憶が戻らないようなら、多少荒療治だが狩りの現場に連れ出した方が刺激になるかもしれないな。
そんなことを考えていると、銃の手入れをさっさと終わって鞄から今度は大振りのナイフをとりだしてしげしげと眺めていたディーンがふと口を開く。
「なあ、あんたもハンターだってのはサムに聞いたけど、あんたは家もあってガレージも経営してるわけだろ?」
「ああ」
「俺たちはハンターだけで、他に本業とかないってサムが言うんだが」
「まあ、そうだな。お前らは専業だ」
「サムも言ってた『家業だ』って。でもなあ、ここの宿代も飯代も全部偽造カードとか聞くとちょっとな」
すぐにでも捕まる身なのかと思うと落ち着かねえよ、と肩をすくめつつ、ナイフを研ぐ作業を続ける。
「お前でも気になるか」
「当たり前だろ。俺の心は今紙のように真っ白なんだからな」
おどけたように手を広げてみせるが、結構表情が真剣だ。
カード詐欺どころかFBIの指名手配になっていたやらテレビで犯罪現場を中継されたやらの華々しい過去もあるのだが、それらはもう有耶無耶になっていることでもあるので止めておく。言っても今のディーンはますます落ち込むだけだろう。
「ディーン、どうかしたの?」
相方の悩む気配を感じたのかサムが寄ってくる。一直線にソファに向かうとディーンの隣に座り、肩を抱いて覗き込んだ。
(なぜそこで肩を抱く必要が?)
(何故ならば夫婦だから。)
綺麗にスルーされているボビーは脳内で一人問答をしつつ、歪みそうな顔筋を動かすまいと力をこめる。
「なんでもねーよ」
「何が記憶のヒントになるかわからないから、気になったことの隠し事は無しって約束しただろ?」
サムは俯くディーンに、柔らかく指摘する。「めっ」とかこれまた擬音が聞こえてきそうな声の調子で眩暈がした。ディーンも表情からして眩暈は感じているようだが、記憶のない立場は『ヒントになる』と言われると弱いらしい、仕方無さそうに口を開く。
「偽造カードとか金の話だ。この間しただろ?」
「ああ、その話か」
サムはやっとボビーの方にも視線を向けながら頷く。頷きながらもディーンに回った手は外れない。というか腰の辺に降りて、自分の方にさらに引き寄せている。ここは片手で九〇キロ前後の兄を引き寄せる腕力に感心してやるところか、引き寄せた結果としてソファの上でぴったりくっついてるその姿勢に突っ込むところか。
「前にディーンとも話してたんだよ。今は色々あるから狩りを止めるわけにはいかないけど、落ち着いたら今みたいな生活は止めてどこかで静かに暮らそうって」
「へえ」
いや、それはどちらかというとお前を宥める時にディーンが言ってた口からでまかせの将来プラン。
すっかり無視されているギャラリーは口がむずむずする。
「ディーンの記憶がなかなか戻らないようだったら、今みたいな暮らしは危ないしね。そのときはどこかでしばらく暮らすことを考えるよ」
「できるのか、そんなこと」
「もちろん。思い出すまで落ち着いて過ごせる場所を探そう。普通の仕事をするとかしてね」
話しながらもディーンはちょっと窮屈そうにもぞもぞしていたが、サムの腕が断固として動かないので諦めたように動くのをやめ、確認するように相手を見上げた。それにサムはにっこりと頷く。
一見頼もしい。
頼もしいのだが根本がまずい。なにせサムは呪にかかってる状態で、だがこのままでは2人の人生ナビゲーターだ。ディーンのでまかせを真に受けてたらしいサムと、諸々の事情をすっぱり忘れてるディーンでは、でまかせ未来が実現しかねない。
無視されたギャラリーの型どおりにごほん、とボビーは咳払いをして、こちらの存在に気づいた若夫婦に告げる。
「まあ、諦めてしまう前に試せることは試してみたらどうだ」
正気のディーンが、開き直ってサムと平和に生きて行くと決めたなら、それはそれで見守ってやるのだが、今ここで放置したら絶対にあの世のジョンに祟られる。
そしてディーン・ウィンチェスターの人生を思い出させるのなら、体験させるのは残念ながら明るい部屋にヘルシーフードの愛の巣ではなくて、愛車と銃と幽霊退治だ。
というわけで詳細は割愛するが、ディーンの記憶回復のために二人は狩を始めた。最初はごく簡単な幽霊退治(の見学)から、回数を重ねるうちに実際に墓を掘ったり遺体を燃やしたりと心身の負荷と危険度を上げていく。これは確かに効果があり、ディーンはやがてふとした拍子にいつもの罵声を口走るようになった。ボビーの人生前にも後にも「サノバビッチ!」だの「シット!」だのを聞いて、これだけ嬉しくなることもそうあるまい。
だが一方でボビーの懸念通り、その間にも「愛の巣状態」はやっぱり着々とエスカレートしていった。
でかい男二人が簡易キッチンに並んで、必然的にあちこちぶつかりながら芋を洗ったり鍋を振ったりしている光景はなかなかシュールだ。もちろんこの兄弟はもともと洗面台の前はおろか、広々とした道でもぶつかりような距離で歩いていたのではあるのだが、正気な時の兄弟はひとしきり口喧嘩をした後に、なにも言わずにキスをしたりはしない。
「確かにわかっちゃいたけど、こう目の前でやられるときついわね・・」
肩をまわしながらぼやいたのはエレンで、隣で頷いたのはジョーだ。狩の手伝いで彼女が来たとき、2人は巨大なシーツの端と端を持ち、ベッドメイクをしていた。その後も何故かタイミング的にかち合うことが多く、たびたび目の前で「そーれ」と一斉にシーツを被せる牧歌的共同作業を見守ることになった。
とにかくドアを開けるたびに「愛の巣攻撃」は酷くなる。神経の丈夫さには自信のある周囲も次第に胃を痛めつつあった。




そしてついに何回目かの狩でのことだ。相手を仕留めた後、ディーンは急に天を仰いで固まり、
「うげえ」
と呻いてそのまま墓地の草地の上に座り込んだ。
「……ディーン、大丈夫か、思い出したのか?」
何となく察したボビーが近づいて訊くと、
「………戻った…戻ったぜ畜生……」
地の底を這うような声が返ってきた。
「あー…、お前はしばらく記憶を失くしてたんだが……」
「わかってる。その間のことも覚えてるぜ。……いや、忘れた、忘れたぞ俺はなにも覚えてない」
「そうか。まあ、覚えてないものは仕方ないな」
「そうする。絶対にそうする」
ディーンは今にも吐きそうな顔をしつつ、よろよろと立ち上がった。眉間に皺が寄った苦悩に満ちたその目つきはここのところ見なかったもので、ああ、お前はしみじみと苦労の多い記憶を背負っているんだなとボビーは思う。
さて、楽しそうに愛の巣を発展させていたサムの反応はどうだろうかと視線をやると、
「ディーン!」
二手に分かれていたサムが、首尾よく遺留品を燃やして戻ってきた。ここしばらくの習慣で、ディーンに近づくと無事を確かめるように腕を回して抱きしめる。
「怪我はない、大丈夫?」
ディーンはその腕を叩き落しまではしなかったが抱き返しはせず、軽く背中を叩いて身を離す。
「大丈夫だ、サミー」
「ディーン?」
サムの声にわずかに怪訝そうな色が混じった。
「心配かけたな、もう大丈夫だ」
「え?」
「思い出した」
「ほんとに?」
「ああ。お前、病人にあれこれガセネタ刷りこむんじゃねえよ」
ああ。やっぱり色々捏造されてたのか。よかった。
あっと言う間にこの間のことを覚えていることをばらしてしまったディーンだが、それは別としてボビーは胸を撫で下ろす。
それを聞いたサムはぱあっと音がしそうに笑い、
「よかったディーン!」
とディーンの身体を抱え上げ、くるくると回りだした。
「おい、止めろっての!」
喚いたディーンに殴られて、下ろした後もまだ嬉しそうに笑っている。
「よかった、本当にディーンだね」
「……あんな好き勝手してても、まだ不満だったのかよ」
一見意味不明な質問だが、サムが夫婦であることに満足すると大体呪状態が解けるので、そう言われてみれば自分好みの生活にディーンを引っ張り込みつつ、満足はしていなかったということになる。ボビーとしても興味を引かれる部分だ。だが、
「馬鹿だね」
サムは殴られつつもまたディーンに手を伸ばし、無理矢理ぎゅうぎゅうと引き寄せながら笑った。
「ディーンがどうなろうと愛してるけど、元のディーンに会いたかったに決まってるだろ」
ああ。ということはお前が正気でサムに応えてやらない限り、サムの呪はなかなか解けないということか。
ボビーが見守る中で同じ結論に達したらしいディーンがガックリ肩を落としていた。
結局その後サムが正常に戻るまではまた結構な時間がかかったが、それはまあいつものことなので周囲も頓着しなかった。ただし今回のモーテル周辺では、二人揃っておおらかに夫婦として振舞っていたものだから、ディーンの手帳には「二度と近寄らない町」リストがまた一行追加されたらしい。


おわり


この本を出した時、まだウェブ入稿に不慣れだった私は明朝体とゴシック体を混在して入稿してしまい、当日イベント会場でぎゃあと叫んだのでした。懐かしいなあ。

拍手[21回]

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