背中にしがみついていた指から力が抜け、息をついたディーンがサムの首元にそっと頭を擦りつけた。見慣れているはずなのに、丸くて形の良い後頭部になんとなく感動しながら、サムは汗に濡れたダークブロンドをそっと撫でる。
『そんなにエロいこと言ってんのか』
ヒートの最中のことをすっかり忘れるディーンはそんなことを言うが、実際のところ言葉はそんなに多くない。例えば今、首元に無言で凭れる小さな頭に甘やかないとおしさを感じるようなものだ。
と、考え事をしているのが分かったのか、ディーンがふと頭を上げる。その目が「どうした」と訊いていて、ヒートの熱が過ぎつつあるのがわかった。
何でもないよ、と言う代わりに眉間の辺りに口づける。瞼が安心したように閉じられて、伏せられた睫毛の濃さにちょっと見とれた。
すげえ。
荒れ果てた部屋の片づけをしながらディーンはちょっと衝撃を受けていた。
目を覚ましたら隣にすっぽんぽんのサムがいたので驚いて蹴り落としたら、眉間に皺を寄せて出て行ってしまったので、ヒート後の片づけと言う奴に初めて遭遇している。
まず屑籠を見て驚いた。
何だこりゃあ。もはやスキンの数ではなく箱の数で見た方が早い。単純に弟の性生活だったら「よ、絶倫魔人」とでもほめたたえてやりたいところだが、この回数を受けたのが自分だというのが大問題だ。大丈夫なのか俺のケツ。心配になってちょっと腰をさすってみるが、何となくかったるいだけで壊れているようでもない。時計で日付を確認すると今回のヒートは約5日間だ。5日でこの回数。割ると一日何回だ。すげーなΩの身体。
他にも大量のペットボトル、ゼリー飲料、ピザの箱等々が部屋に散乱していて、なかなかに壮絶だった。
番云々は頼んだわけではないが、今までのヒートのたびにこの片付けをさせていたのなら、さすがに悪かったなと少し思う。
几帳面な弟はゴミ袋のパックもちゃんと用意していたので、とりあえず片っ端から袋に突っ込んだ。シーツとタオルをランドリーに突っ込んでしまうとひと段落だ。
すごい荒れようだった割に簡単に片付いたなと思っているところにインパラのエンジン音がして、仏頂面のサムが帰ってきた。
「よう」
蹴り落として悪かったな、と言おうと思ったのだが、しかめ面があんまりすごいので軽口が出なくなってしまった。驚いたんだから仕方ねーだろうとも思うが、眉間の皺がすべての弁解をはじく。
「昼飯」
「おう」
サムが買ってきたのはパックに入ったチャイニーズとスープ、サンドイッチだ。
もっと腹に溜まるものにすればいいのに、と思ったのだが、意外なことにスープとサンドイッチだけで腹が重くなり、チャイニーズのパックはほとんどサムの腹に収まった。サムの「予定通り」と言わんばかりの表情からいって、予想外のことではないらしい。
そういえばヒートの後っていつもなに食ってたっけか。
ぼんやりしていると、サムの手が動いて暖かいカップを握らせてくる。
なんだ?
と思って見返すとさっきより随分穏やかな表情をしたサムが、カップの口を開けて手を添えてきた。何となく払いのける気がしなくて、そのまま口に運んだ。甘い。
普段は飲まない甘ったるい香りの飲み物が、妙に胃に収まりが良かった。
どうも覚醒は半々みたいだ。
食べ始めたら大人しくなってしまったディーンを見ながらサムは考える。
これまでのヒートだとピークが過ぎた後も大体ディーンはしばらくぼんやりしていて、正気に返るのはもう一晩くらい経った後だ。
ヒート中のディーンはほとんど物を食べないので、最初の食事は胃に優しいものにしていた。
いきなり蹴り落とされたときには頭に来たが、食事の途中で気がついた。
ヒートの後、正気づくのが早くなっている。
それはサムにとって悪いことばかりでもない。
ぼんやりした頬にそっと触れたらぎょっとした顔で身を引かれた。
「ごめん」
次のヒートがきたら、まず頬を両手で挟んで撫でよう。
そう思いながらコーヒーを口に運んでいると、
「お前、目つきが悪いぞ」
と嫌そうな顔で言われた。
「悪いじゃなくてやらしい目だよ」
そういうと、またぎょっとした顔をするのでサムは思わず笑った。
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久々の一気書き。Ωって楽だなー。視点がばらばらしててすみません
[22回]