11月に一本も更新が無いのもあれなので、監禁クレトム本のおまけペーパーアップします。
拍手パチパチやコメントありがとうございます。うれしくてはねます。
Color Marking
ベッドサイドにおいたアラームが鳴って、クレイはぱちりと目を開けた。薄いカーテンの外はすっかり明るい。休日だからまだ寝ていても構わないのだが、うっかり昼まで寝てしまうとその後のリズムが崩れる。
起きようかどうしようか、とぼんやり思いながら隣に目をやった。シーツからはみ出たダークブロンドの頭は、いつものことながらアラームの音にぴくりとも反応しない。
「起きなよ」
シーツを剥ぐと出てきた顔にカーテンの隙間から入る陽が当たり、寝起きの悪い同居人は眩しそうに顔をしかめた。ふせたまつ毛が陽に透けて光っている。
クレイはしばらくその顔を見つめていたが、やがて手を伸ばすとぐい、と鼻をひねり、
「起きなよ」
ともう一度言った。
ふが、と変な声がして瞼が開く。不機嫌そうなヘイゼルグリーンが睨んでくるが気にしない。
「おはよう」
「…うん」
「朝だよ」
「…うん」
起きているのかいないのか、返事がいまいち不明瞭だが、反応しようと努力しているのは分かる。
クレイはごろりと寝がえりをうち、顔を覗き込んだ。すると息の近づく気配を感じ取ったのか、トムは寝たまま少し顔を上げ、うっすらと口を開く。
こういうところ性質が悪い。
しかしまあいいかとキスをして、ついでに身体に腕を回して抱き寄せる。と、腕の中の相手もごく自然に背中に手を回してくる。流れでなんとなく角度を変えて繰り返すうちにキスが深くなってきた。背中にあった手が首にかかり、耳から頬に触れていく乾いた感触にさわりとする。
そんなつもりではなかったが、そんな流れだ。休日の朝がつぶれそうだが、まあいいか。
そう思って改めて覆いかぶさろうとした瞬間、トムがぱちりと目を開く。
「わかったって!起きる」
そう言ってクレイを押しのけるとシーツから滑り落ちるようにベッドを抜け出し、ばたばたと寝室を出ていく。後姿の寝癖がすごい。
「………」
一瞬捕まえようとしかけて思いなおす。てっきりその気なのかと思ったら、起きないと始めるぞという脅しと取られたらしい。
「まあ、いいけど」
トムとの意思疎通のずれを気にしていたらきりがない。呟いて今度こそクレイも起き上がる。
ぐるりと部屋を見回すと、昨夜の狼藉でなかなか酷いことになっているのでベッドのシーツと枕カバーを外し、ずれたマットレスを直した。
数年前は考えつかなかった生活だ。
ひとところに定住し、同じ場所で仕事をし、殴り合いの喧嘩など滅多にしない。自分の部屋を持ち、定期的に決まった額の給料が入り、休日は『仕事の見つからない日』ではなく余暇と休憩の時間だ。
一緒に暮らす相手さえいる。
それが今まで関わった優しい女性たちの中の誰でもなく、でかくてごつくて働かない犯罪者の男というところが何ともいえないが、これはもう自分の絶望的な趣味の問題だからしかたがない。
ふらふらと落ち着かない生活の中で、日雇い仕事を繰り返し、いつかのたれ死ぬか喧嘩沙汰で死ぬ将来しか見えなかったのだから、かなりましだ。
簡単な朝食を取った後、窓際にもたれて外を見ている同居人に、クレイは動けと声をかける。
「シーツ洗っちゃうから、あんたの部屋の分も剥いできなよ」
「わかった」
年がら年中ぼんやりと生きているように見えるトムは、休日でもやはりぼんやりしている。多分放っておけば夕方までそのままだろう。洗濯機に二人分のシーツ類を放り込み、まだいけそうなのでタオル類も追加で持ってこさせる。
「あと掃除機。あんた今週かけた?」
「水曜日に一度かけたぞ」
「あっそ。じゃあ軽くでいいから全体にかけて」
「ああ」
掃除機を引っ張りだして使う様子を見ていると、おおざっぱだが一応床のごみはとれている。クレイ自身でもあの程度だなと思うので、床の上のものを動かせとか、部屋の隅のゴミも吸えとか細かいことを言うのはやめた。
買い出しするものをチェックしにクレイが冷蔵庫を覗き込んでいると、トムが横から水をくれ、と手を伸ばした。
「買い物のリスト作るから、あんた書いてよ」
「わかった」
自分から何かをするということはあまり無いが、頼まれたことはこなす。
言わなくても気付け、察してくれと思うと、ほぼ100%通じない。だからトムと一緒に暮らし出してからクレイは口数がずいぶん増えた。
「今日は外食しよう。もう人に見られても大丈夫なんだから付き合いなよ」
昼を過ぎた頃、そう言って促すと、ソファでテレビを見ていたトムはのそのそと立ち上がった。いかにも『興味は無いがそう言うなら行く』という態度だが怒ってはいけない。
ここで喜ぶような人間なら、廃ビルに繋がれている期間におかしくなっていただろうし、アパートの一室にこもって毎日ビスケットと水だけで延々と過ごせるわけもない
少し冷えるようになってきたので上着を出した。トムに買った古着のコートは少し大きかったようで肩幅が合っていない。
「少し大きかったね」
と言うと、
「小さいよりいいだろ。着られるから問題ない」
と言う返事が返って来た。そうだろうとも。ここで服のサイズに文句をつけたら張り倒す。
そう思いつつ少しばかり物足りなくもある。
ドアを開けると風が強かったので、トムは一度部屋に戻って青っぽいマフラーを巻いて出てきた。
週末の大通りはそれなりに人出があったが、並んで歩く二人に目を向ける者はいない。
クレイはちらりと横を歩くトムを見る。
少し伸びてきたダークブロンドは軽く分けている。暗っぽいグレーのコートとは色的に合っていた。サイズより色を優先してしまったが、大きめのマフラーを上から巻いているのでさっきほど大きさは目立たない。
「なんだ?」
視線に気がついたトムが視線だけ向けて尋ねてくる。暗い金色とグレーにヘイゼルグリーンが加わった。
「そのコート、色は合ってたなと思って」
隠すことでもないのでそのまま伝える。トムは少し目を見開いた後少し笑って、
「買ってきたのお前だろ」
と視線を逸らせた。
「そうだよ。見立てが当たった」
「男の服を見立ててどうするんだ」
「うるさいな。僕の金だ勝手だろ」
「そうだな」
クレイが強い口調で言うとトムは逆らわず頷く。そしてふとポケットに突っ込んでいた腕を広げてクレイの方を向いた。
「で、どうだ?」
全身を見せるようにくるりと回る。そこまでやれとは言ってない、というセリフを咄嗟に飲みこむ。
金とグレーと青と碧。クレイは目を細める。
「いいんじゃないの」
端正な長身に少し古風なコートは良く似合っている。少し陽が傾いてきた街中で白い顔が絵のように見えたが、それは口にしなかった。
トムは容姿を褒められることに慣れている。
「俺の顔で寄ってくる奴は多いぞ。少し時間が経つといなくなるけどな」
と出会った最初から言っていた。だからトムを廃ビルに繋ぐようになってから、クレイはトムを殴る時はまず顔を狙った。その作り物のような顔がなかったら、自分の興味も削げるかと思ったからだ。つないだままで髭もろくに剃らせなかったし、持っていく着替えも最低のボロばかりにした。
だが結局はそんなボロボロの犯罪者を相手を手放したくない上に、欲望さえ持つ自分のイカれ具合を確認しただけだった。
「…そのうちちゃんと店で服を合わせようか」
言うとヘイゼルグリーンがぱちりと瞬きをする。聞けばトムは別にいらないとか、お前の好きにすればいいとか言うのだろう。
もうどこに行こうと誰に見つかろうと掴まって連れて行かれることがないのなら、ちゃんと姿見のある店でもっと合う色を選ぼう。クレイが選んだ色を着るトムを見るのは多分悪くない。
「男の服より、酒でも買った方が良くないか」
「うるさい」
想定通りの興味が無さそうな声は切って捨てる。
どうせ自分は絶望的に悪趣味なのだ。
end