ウィンチェスター兄弟が番の関係だと聞くと、驚く者が多い。
仲が悪いからではない。昔から「やたらとひっついている」と評判の兄弟だ。
だが第二性の話に当てはめると違和感がある。一般的な「番」に当てはまる拘束性を感じさせることが薄いからだ。
簡単に言えば番持ちのΩであるはずのディーン・ウィンチェスターは「お前のαはどうしたんだ」と訊きたくなるほど好き勝手に過ごしているのだ。
バーで出会ったお姉ちゃんしかり、狩りで助けたお姉さんしかり、調査の過程であった未亡人しかり。
「Ωって自分の番以外の相手ともできるんだっけか」
「できるんだろうなあ」
現状と理屈が異なる場合は現状を優先するしかない。
番の片割れであるサム・ウィンチェスターとしても色々と言いたいことはあった。
「なんか僕って都合よく使われてる気がする」
「なんだそりゃ」
相変わらずのモーテルで相変わらずのジャンクフードの夕食を食べながらサムがぶつぶつ言う。
「もとはと言えばお前が言いだしたことだろーが」
「そうだけどさ」
そう。この関係を提案したのはサムだというのは事実だ。
移動続きのハンター暮らしでΩの特性はデメリットだらけだ。固定の相手と関係を持つことは難しいし、かといって番のいない状態でのヒートはきつい。
サムは自分がシーズン中のディーンといても生活の支障がないのは、血縁の耐性かと思い込んでいたのだが、実は兄が身体の安全をまるっと無視した量で抑制剤を常用しているからだと知って仰天した。
「死ぬよこの量!?」
「うるせえな。人間いつかは死ぬんだよ」
聞けば思春期に入った頃に狩中のヒートで苦労したディーンは、「どうせ狩りで長生きするわけないから」と規定量を気にせず薬を使うようになったらしい。
しかし、思ったより長生きして今日に至るというわけだ。
「薬物中毒で死なせるくらいなら、僕が番になる」
サムがそう言った時、ディーンはものすごく嫌な顔をした。
「ええ?やめとこうぜめんどくせえ」
「めんどくさいって何が」
「どうせお前、仕方ないとはいえ兄弟で…だの、ホルモンに振り回されて気持ち悪いことしちまっただの、ぐちぐち言いそうじゃないか。ヒートがあるごとにそれを宥めるとか考えただけでめんどくせえ」
「何で決めつけるんだよ!」
サムとしては犠牲的献身のつもりだったが迷惑がられて喧嘩になり一度話は流れたが、その後薬が合わなくなってきたディーンがヒート中に中毒症状を起こし、緊急的な処置だからと半ば無理矢理番になった。
「あーーーー、嫌だ。おむつ替えてやった奴相手に足開くのか」
「そういう言い方やめろよ」
ベッドに転がってじたばたと嫌がるディーンにサムは顔をしかめる。
「俺はお姉ちゃんとしかしたことねえのに」
とほほほほ、と枕を抱えて嘆く声に急に胃が重くなるのを感じる。
サムとしてはあくまでも兄の身体を守るための措置のつもりだったし、ディーンはそういう方面において絶対はんぱじゃない経験がある。だがしかし、Ωとして初めて彼を抱くのが自分だというのはサムの想像の外だった。
「大体、お前できんのかよ」
「しらないよそんなこと」
サムはジョンと同じくαだったが、きちんと医師の処方を受けた抑制剤を規定量使用していて、Ωとの本能的な性交は経験が無い。今までの生活でヒート中のΩと近づくことがないことはなかったが、付き合うのはαやβの女性ばかりだった。
しかしながらサムに項を噛まれてから、ディーンは毎日飲まないと落ち着かなかったという薬なしでも過ごせているのでそれだけでも身体にいい効果はあった。
そしていよいよヒートが近づいてきた時、ディーンはサムに、避妊具を多すぎるくらい用意しておけと地を這うような声で言った。
「もしも万が一にでも孕ませやがったら許さねえからな」
するわけないだろ、と言いかけたサムはだがしかし、一般的なヒートが数日は続くことや自分も相手も初めての経験であること、自分の手持ちの残量やついでに食料品のストックなどを考えあわせ、大人しく近所のモールに大量の買い物に行った。
結論からいえばその後やってきたヒートでは二人はごく普通の番として数日を過ごし、その後も番の関係を継続している。
だが、何回かシーズンを越えるうちにサムの表情がさえなくなってきた。
「ディーンってヒートの時のこと全然覚えてないし」
たまにはイタリアンにしようと入った店で、パスタをぐるぐるとフォークに巻きながらぶつぶつ呟く。
「ああ?何だよなんかしたか?」
「したっていうか、話したこととか」
言われたディーンがげーーーっと口を歪めた。
「なんだよ。そんな強烈にエロイこと言ってんのか」
「っていうか…」
「言わなくていい。 絶対知りたくない」
言いかけるサムを手でびしりと抑える。
「これだけは言っておく。お前が気にしてるそれは俺じゃねえ。正気の俺が言わないことは無効だ」
言いきるとサムが不満そうに口をとがらせるが無視だ。
ディーンにとって本当に幸いなことに、サムの番として過ごすようになって以来ヒート中の記憶はまるっと抜けている。ああそろそろ来るな、という予感のあたりで意識が途切れ、気がついた時には終わっている。大体サムの方のベッドでサムの服を抱え込んでいることが多いが、それくらいはΩの生理現象なんだから仕方がない。ディーンとしては薬の量はぐっと減ったし、心配していたほど番になる前とそれほど生活は変わらないのでほっとしていた。サムの言葉に行動が制限されるようなこともなかったし、きれいなおねーちゃんと遊ぶこともできる。
だが、ディーンと違ってしっかりヒート期間の記憶があるサムはそうけろっとできなかった。
知識として知ってはいたが、ヒート中のΩのフェロモンは強烈だ。最初のシーズンでは文字通り四日間ぶっ通しでベッドで過ごした。終わった後、数か月はもつだろうと思っていたスキンが残り数個しか残っていないのを見たときは心底ぞっとした。途中で無くなっていたら絶対に無しで交わっただろうし、いきなり子供ができていたかもしれない。
理性も理屈も通じない本能に自分があっさり流されてしまうことを突き付けられた。
そしてヒート中のディーンだ。
俺じゃない、というが別人になるわけではない。
正直言って最初のヒートで名実ともに自分のものにして以来、サムは番であるディーンに恋をした。
順番が逆だし本来の目的からずれているが、番の相手を好きになることは何も悪くないはずだ。
サムはディーンにそう告白し、ディーンは嬉しいと笑ってくれた。お互い気持ちのいい方法を教え合い、できるだけ深く一つになろうと手を伸ばし合った。
だがディーンは忘れた。毎回きれいさっぱり忘れる。むごいほど忘れる。
「しつけーよ、知らねーし」
今日もディーンはそう言って雑誌を読んでいる。
だが今着ているのは少し大きいサムのシャツだし、座っているのはソファでサムの隣だ。
無意識かもしれないがサムに触れたがるようになったのは構わないし、サムの服をやたらと横取りするようになったのも別に構わない。だがここでサムの方が凭れたら多分「重い」とか言われるし、キスをしたら顔をしかめられる。ちょっと理不尽だ。
別に遊びに行くのだっていい。元からそういう兄だし、サムははっきり言って自分は別カテゴリーだと思っている。しかしヒートのたびに過ごす時間が甘いほど、忘れられた時の痛手がだんだんましてくる。
ヒートじゃないときに一緒に寝ようといったら殴られるだろうか。
サムはそんなことを思いながら、背中に凭れているディーンを振り返った。
おわる
ムパラ前の、台風の夜に、何をやらかすオタクかな。
と言う感じのねたでございました。
某ジャンルの某様触発ネタをありがとうございます…
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