「お帰りなさいチーフ」
「どうでした、現場の様子は」
サムとディーンが作戦ルームに入っていくと、フロアのメンバーたちがほぼ全員振り返る。
「ああ。いくつかわかったことがある。皆を集めてくれ」
英国の賢人基地に米国のハンター達で殴りこんだときにも思ったことだが、サムは大人数のチームを自然とリードするのが上手い。
兄としても鼻が高かった。サムの状態が普通なら、だ。
「疲れた?ディーン」
周囲に人がいるというのに、サムが心配そうな顔でそっと肩を抱いてくる。ディーンは表情変えないようにその手を無言で叩き落とした。
本当に勘弁してほしい。
「ごめんね。ほんとは早く休んで欲しいんだけど、さっきの状況は共有しておかないといけないし、ディーンからの意見も皆に訊かせてほしいんだ。もうちょっとだけがんばって」
ここのところずっと夫状態のサムは、お兄様の意志表示がさっぱり分からないらしくすまなそうな顔をして耳元で頓珍漢なことを言う。
「お前ふざけんなよ。俺は虚弱児か」
「だって二日寝てない。目の下に隈ができてるよ」
そう言いながらまたも顔に触ってくるので再び払いのける。イライラしてきて今度は露骨にやってしまったので音も出た。周囲にいた数人が気付いて振り返る。が、見咎めるでもなく不思議そうでもなく、はははとにこやかに笑う。
「すみません、速攻で皆を集めますよ。もうちょっといちゃつくのは堪えてくださいチーフ」
「………」
ものすごく運の悪いことに、別次元にいたレジスタンスたちがこのバンカーに来た辺りから、サムはずっと呪いが再発した状態だ。あまりに堂々としているので、周囲からはもとからそういう関係だったと思われてしまっている。
「そういうのは止めてくれ」
そこでサムが厳しい声で言ったので、ディーンはお?と目を見張る。もしやして正気に戻ったのだろうか。だが違った。
「僕らは正式な夫婦なんだ。いちゃつくとかそんなんじゃない」
ひいいいいいいいい
ディーンは声に出さずに心の悲鳴を上げる。
タイミングの悪いことに作戦ルームには今バンカーにいる全員がそろい、チーフからの話を聞こうと視線を向けているところだった。さすがに今度は意外そうな声が上がる。
否定したい。大声で否定したい。主に正気に返った時の弟のために。だがしかし呪いの返しでサムが倒れても困る。
心の冷汗をだらだらかきながらディーンはせめて顔を冷たい感じのしかめっ面に保ってみた。
何も言いたくない。関わりたくない空気を目いっぱい出してみる。
「…お前ら、兄弟じゃなかったのか」
近くにいたボビーがぼそりと低い声でたずねてくる。さすが別人でもボビーだ。ディーンは思わず昔のボビーにしたように事情を話して泣きつきたくなったが耐えた。
「ちょっと色々あってな」
わけあり、を思いきり口調と視線ににおわせる。
「ふうん」
ボビーはいぶかしそうな顔をしたが、狙っていない方向から反応が来る。
「こら、ディーン」
サムがひょい、と後ろから腰に手を回して抱き寄せた。
「同じ顔だからって懐かないの。ボビー、ディーンは人懐っこいけど僕のパートナーだからね」
「わかったわかった」
異次元のボビーはディーンの知っているボビーと同じようなうんざりした顔で手をぱたぱたふっていってしまう。なにかあるらしいが関わるまいという態度だ。正しい。自分もそうしたい。
「…さっさとすませろ」
低い声でサムをせかす。ここにいても事態はめんどくさくなるばかりだ。サムも逆らわず頷いた。夫状態の時はあまりぷんぷん反発してこないのはいいのだが、それでも被害の方が大きすぎる。なんだか頭痛もしてきた。
「そうだね、ごめん」
そして額に軽く唇が当たる。おいこらなにした、と思う間もなくサムが話を始める。
「さて、みんな聞いてくれ」
改まった調子でにやけた雰囲気など欠片もないが、腰に腕が回ったままだ。無言で外すがコンマ1秒で再び回される。話を聞くハンター達の視線が痛い。
話自体は数分でおわったので、ディーンは速攻で部屋に引き上げる。
その後二人の部屋の配置を少し皆から離した方がいいんじゃないかという第二の議題が始まったのだが、幸か不幸かディーンはサムの強烈なのろけを聞かずに済んだ。
収拾がつかないので終わる。
久しぶりに書いても山も落ちも何もないシリーズであることよ。
ママはやはり出せませんでした…
[21回]